2026年8月31日月曜日

ロマサガ2リメイクダンターグ3回目

 なぜかPV稼いだので調子に乗って記事のネタがてらw

正直フリーファイターの火力不足がかなり困ってるんだけど城に帰るとまた一からダンジョン攻略になるのかと思うと帰りたくない・・・

なんとかならんかと見てたらアビリティを全基礎能力+1というのがつけられた

というか何もつけてないまま戦ってたw

つうか皇帝なんて1個もついてないw2つもスロットあるのにwww

まあもうアビリティ何もないからフリーファイターの強化優先

ホーリーオーダー女もすぐ死ぬのを装備で装甲厚くしたというかゲームシステムもう

全然覚えてなくて困ったな・・・・

まあとりあえずこれで一戦やってみよう さっきよりは強くなってるはず 

2回目は皇帝とベア的なやつのみ生き残ったから・・・高級傷薬ももうないから傷薬で・・・

とりあえずこれでいこう

強地相という地場になっちゃうとボスの攻撃を強化、HP回復ってこれで回復してたんかい

反対系統の技・術を使用して弱体化、消去 また強地相にならないようにその系統の

技や回復使うのダメか・・・・じゃあ地はやらん方がいいのか

つうか地の反対は何?反対ないのかもw

風か、ベアのつむじ風がウイークでもある 風だ!!


倒した・・・・もうギリギリBPなくてフリーファイター復活早々に死んだけど

コイツが死んで戦力低下を全く感じなかったのが逆にすごい

ベア?が良い働きしてくれた

皇帝がソードバリアを習得した

女魔術師が黒点破を習得した

ナゼールの脅威を取り除いた

サイゴ族の村長に報告すると次にやる事を教えてくれたけど・・・・疲れたのでセーブ

9カ月?何か月ぶりに前に進んだんだろ?

プロフィール的なもの

 


ハリ☆ハリマオです。

昔からゲーム、漫画、アニメ、歴史小説、映画、音楽などを広く楽しんできました。

特に好きなのは、2004年前後のアニメやPCゲーム、家庭用ゲーム、ネット文化の空気です。今でもあの頃の作品を見返したり、昔遊んだゲームについて書いたりしています。

名前の「ハリ☆ハリマオ」は、『スクールランブル』の播磨拳児が漫画家として使っていたペンネーム「ハリマ☆ハリオ」の影響を受けて付けたものです。

ゲーム

好きなゲームジャンルは、RPG、シミュレーションゲーム、アドベンチャーゲーム。

反射神経を要求されるゲームよりも、じっくり考えながら遊べるゲームを好みます。

好きな作品は、

『ルナティックドーン』
『Demon's Souls』
『Bloodborne』
『Stardew Valley』
『真・女神転生 デビルサマナー』
『ダービースタリオン』
『Winning Post』
『信長の野望』
『三國志』

など。

なかでも『ルナティックドーン』のような自由度の高いRPGが好きで、今でもルナドンの新作や続編が出ないものかと思っています。

競馬ゲームでは『ダービースタリオン』『Winning Post』、歴史シミュレーションでは『信長の野望』『三國志』をよく遊んできました。

漫画とアニメ

好きな漫画は、

『スクールランブル』
『化物語』
『To LOVEる -とらぶる-』
『タッチ』
『めぞん一刻』
『ベルセルク』
『蒼天航路』
『NARUTO -ナルト-』

など。

アニメでは、

『ぼっち・ざ・ろっく!』
『ソードアート・オンライン』
『サマータイムレンダ』
『アキバ冥途戦争』

などが好きです。

ラブコメ、青春もの、サスペンス、伝奇、ダークファンタジーまでかなり雑食です。

歴史と読書

歴史小説も長く読んできました。

好きな作家は、

司馬遼太郎
海音寺潮五郎
永井路子
佐藤雅美
佐藤賢一
京極夏彦
奈須きのこ
竜騎士07
鬼虫兵庫

など。

好きな戦国武将は、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康、武田信玄、石田三成。

三国志では、趙雲、関羽、張飛、法正、龐統あたりが好きです。

寺社仏閣巡り、史跡・旧跡巡り、歴史散策なども楽しんでいます。

競馬

競馬も好きです。

印象に残っている馬は、

オグリキャップ
タマモクロス
トウショウボーイ
エルコンドルパサー
タップダンスシチー
アグネスデジタル
テイエムオペラオー
ダイワスカーレット
ハープスター
オルフェーヴル
アブクマポーロ
トウケイニセイ
ホクトベガ
テスコガビー
ナリタタイシン
タイキシャトル

など。

中央競馬だけでなく、地方競馬の名馬にも興味があります。

映画

好きな映画は、

『バック・トゥ・ザ・フューチャー』
『ダイ・ハード』
『ショーシャンクの空に』
『ヤングガン』
『プライベート・ライアン』
『スタンド・バイ・ミー』
『ガールズ&パンツァー 劇場版』
『少林寺三十六房』
『ネバーエンディング・ストーリー』
『十二人の怒れる男』
『フィールド・オブ・ドリームス』
『天空の城ラピュタ』

など。

古い洋画からアニメ映画まで、気に入ったものは何度でも見ます。

音楽

好きな音楽は、

BUMP OF CHICKEN
ASIAN KUNG-FU GENERATION
RADWIMPS
MONGOL800
ELLEGARDEN
Nirvana
VOCALOID

など。

2000年代の邦楽ロックは特に思い入れがあります。

その他の趣味

将棋、麻雀、プロレスも好きです。

将棋や麻雀は実戦経験が豊富というわけではありませんが、戦術や勝負の世界を見るのが好きです。

最近は個人ゲーム制作にも取り組んでいます。

昔遊んだゲームや、2004年前後のアニメ・ゲーム文化から受けた影響を自分なりに形にしながら、アドベンチャーゲームや伝奇ホラーなどを作っています。

このブログでは、ゲーム、漫画、アニメ、競馬、歴史、映画、音楽、個人ゲーム制作など、長年好きだったものを中心に書いています。

『ルナティックドーン』の新作を今でも待っている人、昔のPCゲームが好きな人、RPGやシミュレーションゲームをじっくり遊ぶ人、2000年代のアニメやゲーム文化に懐かしさを感じる人。

そんな方に、たまに覗いてもらえるブログになればと思っています。

2026年8月27日木曜日

放置していたStable Diffusionを救出する:NMKD Stable Diffusion GUI 1.9.1をRTX 4070 SUPER環境で動かし直した記録

 


「昔Stable Diffusionを入れた気がするけど、もう何が何だか分からない」
「再インストールした方が早いのかもしれないけど、昔の環境やモデルは消したくない」
「NMKD Stable Diffusion GUIって古いの? まだ使えるの?」

この記事は、そんな人向けの実践メモです。

今回は Windows + RTX 4070 SUPER 12GB の環境で、昔入れたまま放置していた NMKD Stable Diffusion GUI 1.9.1 を掘り起こし、実際に画像生成できるところまで確認しました。さらに、古いモデルだけでなく、MeinaMix V12 Final を追加して、今風のAIイラストを出せるところまで持っていった流れもまとめます。

結論から言うと、いきなり再インストールしなくても十分復旧できる可能性があります。
とくに SDG1.9.1 フォルダが残っている人は、一度落ち着いて現状確認から始めるのがおすすめです。


この記事の前提環境

今回の前提は次の通りです。

  • OS:Windows

  • GPU:RTX 4070 SUPER 12GB

  • 以前入れていたStable Diffusion:NMKD Stable Diffusion GUI 1.9.1

  • 既存フォルダ:C:\Users\ユーザー名\Downloads\SDG1.9.1

  • 既存モデル:

    • sd-v1-5-16.ckpt

    • a certain thing.ckpt

この環境で、最初は「本当にまだ動くのか?」というところから確認しました。


まずやるべきこと:再インストールではなく現状確認

Stable Diffusionを昔入れた人がやりがちなのが、いきなり再インストールしてしまうことです。
でも、昔のモデルや設定が残っていることも多いので、先に確認した方がいいです。

確認ポイント

まずはエクスプローラーで、以前のStable Diffusion関連フォルダを見ます。

今回見つかったのはこのパターンでした。

C:\Users\自分の名前\Downloads\SDG1.9.1

このフォルダの中に実行ファイルがあり、さらに Data フォルダがありました。

NMKD Stable Diffusion GUI 1.9.1 では、モデルは直下ではなく Data\models に入っていることがあります。
なので models フォルダが見当たらなくても、まずは Data の中を見てください。


実行ファイルがあれば、まず起動してみる

フォルダが見つかったら、まずは実行ファイルを起動してみます。

もし普通に起動して、上部などに

  • CUDA GPU: NVIDIA GeForce RTX 4070 SUPER

のような表示が出るなら、GPU認識は成功しています。

この時点で分かることは次の通りです。

  • 本体はまだ生きている

  • GPUも認識している

  • いきなり全部入れ直す必要はない

これはかなり大きいです。


最初の動作確認は軽い設定で1枚だけ

起動できたら、最初から重い設定で攻めない方がいいです。
まずは「ちゃんと1枚出るか」だけを確認します。

最初のおすすめ設定

  • Amount Of Images To Generate:1

  • Generation Steps:20

  • Prompt Guidance (CFG):7 か 7.5

  • Resolution:512 x 512

  • High-Resolution:OFF

  • Sampler:Euler Ancestral

  • Seed:空欄のまま

テスト用プロンプト

a photo of a cat sitting on a wooden table, detailed, realistic

テスト用ネガティブプロンプト

blurry, low quality, deformed

これで猫が出れば、とりあえず生成系統は動いています。


昔のモデルが何か分からなくても、まずは使ってみてよい

昔の環境には、名前の分かりにくい .ckpt ファイルが残っていることがあります。

今回も

  • sd-v1-5-16.ckpt

  • a certain thing.ckpt

という、何となく察するしかないファイルがありました。

ここで大事なのは、名前だけで決めつけないことです。
実際に使ってみると、モデルの傾向はかなり違います。

実際に使ってみた印象

  • a certain thing.ckpt

    • アニメ・イラスト寄り

    • タグ構文っぽい書き方に強い

    • masterpiece, best quality, 1girl のようなプロンプトで急に質が上がった

  • 写実寄りのプロンプトを入れると、逆に変な方向へ行くこともあった

つまり、モデルごとに得意分野がかなり違うということです。


「このモデル駄目だ」と決めつける前に、プロンプトの相性を見る

古いモデルでよくあるのが、「写実っぽく書いたら変な絵が出たので、モデルが駄目だと思った」というケースです。

実際は、モデルがアニメ寄りなのに写実プロンプトを入れていただけ、ということも多いです。

今回も、最初は微妙だったモデルが、次のようなタグ寄りプロンプトにした瞬間、一気によくなりました。

masterpiece, best quality, 1girl, beautiful girl, detailed eyes, detailed face, long hair, casual clothes, soft lighting, anime style, highly detailed

ネガティブはこんな感じです。

low quality, worst quality, blurry, bad anatomy, bad hands, extra fingers, deformed

この体験から分かったのは、古いモデルでも、書き方が合えば十分戦えるということです。


Seedは「当たりを保存するための番号」

気に入った絵が出たら、ぜひ覚えておきたいのが Seed です。

Seedとは

ざっくり言うと、絵の乱数の出発点です。

同じ

  • モデル

  • Seed

  • プロンプト

  • ネガティブプロンプト

  • 解像度

  • Steps

  • CFG

  • Sampler

なら、かなり近い絵が再現できます。

Seedの使い分け

  • いろいろな絵をガチャしたい
    → Seed空欄、Lock Seed OFF

  • 今のかわいい絵柄をなるべく保ちつつ、服だけ変えたい
    → Seed入力、Lock Seed ON

おすすめの記録方法

当たり絵が出たら、メモ帳などにこう残しておくと便利です。

澪っぽい子①
Model: meinamix_v12Final
Seed: 123456789
Prompt: ・・・
Negative: ・・・
512x768 / Steps30 / CFG7 / Euler Ancestral

NMKD GUIの各項目の意味をざっくり整理

プロンプト欄とネガティブプロンプト欄は分かるとして、その下の各項目も意味を知っておくとかなり楽になります。

Amount Of Images To Generate

一度に何枚作るか。
最初は 1 で十分です。

Generation Steps

何回くらい描き直しながら完成させるか。
MeinaMix系なら 20〜30 で十分なことが多いです。

Prompt Guidance (CFG Scale)

プロンプトをどれくらい強く守らせるか。
標準は 7 前後。

Seed

絵の乱数番号。
当たりの保存に重要です。

Lock Seed

Seed固定のON/OFF。
差分作りで便利です。

Resolution

画像サイズです。
人物なら 512 x 768、正方形なら 512 x 512 が使いやすいです。

High-Resolution

高解像度化モード。
慣れるまではOFFでよいです。

Sampler

描き方のアルゴリズム。
Euler Ancestral はアニメ絵で扱いやすい定番です。

Generate Seamless

タイル状につながる画像を作る設定。
キャラ絵なら通常はOFFです。


古いNMKD 1.9.1でも、モデル追加でかなり世界が変わる

ここが今回いちばん大きかった部分です。

結論から言うと、本体は古いままでも、モデルを新しくすると絵の質はかなり変わります。

ただし、何でも使えるわけではありません。
NMKD 1.9.1 はSD1.5世代のGUIなので、SD1.5系モデルを入れるのが基本になります。

今回は MeinaMix V12 Final を追加しました。


MeinaMix V12 Final を追加する流れ

1. モデルをダウンロードする

ファイル名は次のようなものです。

meinamix_v12Final.safetensors

2. Data\models に入れる

C:\Users\自分の名前\Downloads\SDG1.9.1\Data\models\

3. そのままでは一覧に出ないことがある

NMKD 1.9.1 では、.safetensors がそのままモデル一覧に出ないことがあります。

その場合は、Developer Tools の Convert Models を使って変換します。

4. Convert Models で変換する

設定の考え方はおおむね次の通りです。

  • Input Format:Safetensors

  • Input Model:meinamix_v12Final.safetensors

  • Output Format:Pytorch (ckpt/pt File) などCKPT系

  • Delete Input File If Successful:OFF

そして Convert! を押します。

これで .ckpt 形式に変換でき、NMKDのモデル一覧で選べるようになります。

5. 再起動してモデル一覧を確認

変換後にGUIを再起動し、モデル選択欄で meinamix_v12Final が出れば成功です。


実際にMeinaMix V12を使ってみるとどうなるか

MeinaMix V12を入れると、少なくとも今回の環境では

  • 顔がかなり今風になる

  • 塗りが洗練される

  • アニメ美少女イラストの安定感が増す

という変化がありました。

一方で、SD1.5系の宿命として

  • 手

  • 指

  • 複雑なポーズ

  • 細かい物を持つ動作

あたりは、まだ崩れやすいです。

つまり、**「顔はかなりよくなるが、手はまだ事故る」**という感じです。


プロンプトの基本:厳密な文法ではなく、特徴の列挙

AIイラストのプロンプトを見ると、

1girl, short hair, sailor uniform, shy smile

のように、カンマ区切りで単語が並んでいます。

これは、文法というより 「入れたい要素の列挙」 です。

基本の考え方

次のような順番で考えると組みやすいです。

主役, 髪, 服, 表情, ポーズ, 場所, 雰囲気, 画質系

例:

1girl, short dark navy bob hair, short-sleeve sailor uniform, pleated navy skirt, shy expression, summer seaside town, masterpiece, best quality

ポイント

  • カンマで区切る

  • 短い単語や短文で書く

  • 大事な特徴ほど前に置く

Negative Prompt

逆に、出したくないものを並べます。

long hair, shorts, bad hands, extra fingers, blurry

それっぽいキャラを作るときは「名前」より「特徴」

特定キャラに似せたい時、名前をそのまま入れるより、特徴を分解して書いた方が安定することが多いです。

例えば「サマータイムレンダの澪みたいな子」を狙うなら、

  • 短い濃紺ボブ

  • 少し日焼けした肌

  • 半袖セーラー服

  • 紺のプリーツスカート

  • 恥ずかしがり屋っぽい表情

  • 夏の海辺の町

という具合に、要素として書きます。

例

masterpiece, best quality, 1girl, cute anime girl, short dark navy bob hair, slightly tanned skin, short-sleeve sailor uniform, pleated navy school skirt, shy girl, bashful expression, blushing, looking slightly away, soft smile, gentle face, summer seaside town, anime style, highly detailed

Negativeは例えばこうです。

low quality, worst quality, blurry, bad anatomy, bad hands, extra fingers, missing fingers, fused fingers, deformed, long hair, medium hair, long sleeves, rolled-up sleeves, shorts, short pants, denim shorts, confident expression, heroic face, stern face, muscular

手やポーズが不自然なのは、ある意味「普通」

ここは最初に知っておくと気が楽です。

古いSD1.5系では、手や複雑なポーズが崩れるのはかなり普通です。

たとえば起きやすい事故はこんな感じです。

  • 手が3本ある

  • 指が増える

  • 髪を触っているつもりが変な盆踊りポーズになる

  • 不気味な笑顔にしたらピエロみたいになる

つまり、うまくいかないからといって、自分が下手というより、モデルと世代の限界もかなり大きいです。

対策

  • 手を目立たせない構図にする

  • 胸上・腰上構図にする

  • natural pose, relaxed pose など大きな動きを指定する

  • 複雑なポーズを細かく命令しすぎない

出しやすい自然なポーズ例

  • standing naturally

  • relaxed pose

  • walking along the seaside

  • looking back over her shoulder

  • sitting quietly

逆に、次のような細かい指定は崩れやすいです。

  • touching her hair with one hand

  • striking a large button downward

  • holding a machete in one hand かつ複雑な表情


「このバージョンでも自然な絵は出せるの?」への答え

答えは はい、出せます。
でも、「ポーズを完全に制御して描き分ける」のは苦手です。

今のNMKD 1.9.1 + SD1.5系モデルの強みは、

  • かわいいアニメ絵を出す

  • キャラの雰囲気を探る

  • プロトタイプ用の立ち絵を作る

  • ランダム生成から当たりを拾う

このあたりです。

なので、ゲームのプロト版や、立ち絵の仮素材を作るには十分使えます。

一方で、

  • この手だけ直したい

  • このポーズを絶対に守りたい

  • 参照画像のポーズを正確にトレースしたい

という段階になると、もっと新しいUIや補助機能が欲しくなります。

でも、いきなりそこまで行かなくてよいです。
まずは今の環境で、生成の感覚をつかむだけでもかなり収穫があります。


老眼向け:プロンプト欄の文字サイズも変えられる

これも地味に重要です。

NMKD Stable Diffusion GUI 1.9.1 では、プロンプト欄の上にマウスを置いて Ctrl + マウスホイール で文字サイズを変えられます。

  • Ctrl + ホイール上:大きく

  • Ctrl + ホイール下:小さく

また、入力欄の高さもショートカットで変えられます。

  • Ctrl + +:プロンプト欄の高さ切り替え

  • Ctrl + Shift + +:ネガティブプロンプト欄の高さ切り替え

昔のUIでもこういう細かい配慮があるのは助かります。


この記事の結論

放置していたNMKD Stable Diffusion GUI 1.9.1は、今でも次のように使えます。

  • 既存環境が残っていれば、再インストールなしで復旧できることがある

  • まずは起動確認と軽いテスト生成から始めればよい

  • 古いモデルでも、プロンプトの相性次第で十分使える

  • MeinaMix V12 FinalのようなSD1.5系モデルを追加すれば、かなり今風のAIイラストに近づける

  • 手や複雑なポーズは崩れやすいので、そこは割り切った方が楽

  • ゲームのプロト版素材や立ち絵づくりには十分実用になる

個人的には、今回いちばん大きかったのは、

「昔のStable Diffusion環境は、思っていたよりまだ死んでいない」

という発見でした。

もしあなたのPCのどこかに SDG1.9.1 フォルダが眠っているなら、いきなり消さずに、一度起動してみる価値はあります。
昔の自分が残してくれた環境が、そのまま役に立つかもしれません。


おまけ:最初のおすすめ設定まとめ

最後に、この記事の中でいちばん無難だった設定をまとめておきます。

基本設定

  • Model:meinamix_v12Final

  • Amount Of Images To Generate:1

  • Generation Steps:30

  • Prompt Guidance:7

  • Resolution:512 x 768

  • High-Resolution:OFF

  • Sampler:Euler Ancestral

  • Seed:空欄(当たりが出たら固定)

アニメ系の基本プロンプト型

masterpiece, best quality, 1girl, [髪], [服], [表情], [場所], anime style, highly detailed

基本ネガティブ

low quality, worst quality, blurry, bad anatomy, bad hands, extra fingers, missing fingers, fused fingers, deformed

ここから少しずつ、自分の好みに寄せていくのが一番楽です。

以上、放置していたNMKD Stable Diffusion GUI 1.9.1を掘り起こして、再び使えるようにするまでの実践記録でした。

2026年8月25日火曜日

ロマサガ2リメイク2回目ダンターグ戦

 9か月ぶりでほぼ何もかも忘れている

こういう時困るのはゲームシステムや自分がどこで何をしていて何をすべきなのか?

その辺まで忘れてしまう事だがそのリメイクはその辺をしっかりと読み込みの間に

説明してくれるし本当に良くできている


というかやっぱ勝てない


女戦士が明らかに足を引っ張っている

こいつがクリティカルだと表示されてるので弓矢の攻撃をするのだが火力が全く出ない


そして女回復役こいつが死にまくる


ベア的なやつは頼りになる、女皇帝も戦力、女魔法使いの炎属性の攻撃はダメージソース

1回殺すまではBPをかなり節約できたのにそのあとベアと皇帝だけになり粘ったが死んだ

うーん、どうすれば・・・・

2026年8月24日月曜日

ルナティックドーン 前途への道標 移動経路検索ツールを公開しました

 


『ルナティックドーン 前途への道標』を久しぶりにプレイしていて、町から町への移動に必要な日数や金額を毎回調べるのが面倒だったので、簡単な移動経路検索ツールを作りました。

出発地と目的地を選ぶと、現在入力している街道データから、

  • 移動経路

  • 合計日数

  • 合計金額

  • 手形が必要な区間

を表示します。

「日数が短いルート」と「金額が安いルート」の切り替えもできます。

移動経路検索ツール

→ [ルナティックドーン 移動経路検索ツールはこちら]

スマートフォンからもブラウザで利用できます。

現在は試作版で、攻略本のデータと実際のプレイ内容を照合しながら修正しています。数値や手形条件などに間違いが残っている可能性がありますので、その点はご了承ください。

自分でもプレイしながら少しずつ改良していく予定です。

2026年8月23日日曜日

ロマサガ2リメイクダンターグの倒し方を調べて再挑戦

 

『ロマンシング サガ2 リベンジオブザセブン』を遊んでいて、ダンターグ戦で完全に心が折れました。

苦労してHPを削り切って、

「よし!倒した!」

と思った次の瞬間。

ダンターグが復活。

しかもこちらは、すでにBPをかなり使い切った状態。

「いやいや、今さらもう一回は無理だろ……」

そう思って、そのままゲームを中断。

それ以来、約9か月間起動していませんでした。

ところが、久しぶりに攻略情報を確認していて衝撃の事実を知りました。

ダンターグはフルHPで復活するわけではなかった

自分はずっと、

第一形態を倒す
↓
第二形態がHP満タンで復活
↓
実質ボスを2体連続で倒す

という戦闘だと思っていました。

でも違いました。

第一形態のHPを0まで削ったあと、ダンターグは強化された第二段階へ移行しますが、復活時のHPは約40%。

つまり感覚的には、

100%+40%=約140%分のHPを一戦で削ればいい

ということになります。

これを知っていたら、たぶん2025年11月22日にゲームをやめていませんでした。

ゲーム中でもう少し分かりやすく説明してくれよ……。

重要なのは第一形態でBPを使い切らないこと

前回の自分は、「ここで倒せば終わり」だと思って第一形態にかなりBPを使いました。

だから復活した瞬間、

「こんなBP枯渇状態でどうしろと?」

となったわけです。

再戦するときは考え方を変えます。

目標は、

BPを半分前後残した状態で第一形態を突破すること。

第一形態では弱点を突ける低コスト技を中心に使い、危険な攻撃には無理をせず防御。

第二形態になったら、温存していたBPと連携を使って一気に削ります。

現在のパーティ

自分のデータは帝国歴1255年。

皇帝はシャーリーです。

現在のメンバーは、

  • 皇帝シャーリー

  • 帝国重装歩兵

  • 宮廷魔術師(女)

  • ホーリーオーダー(女)

  • フリーファイター(女)

陣形は、よく分からないまま昔から使っているインペリアルクロス。

装備は以下のような状態でした。

シャーリーはレイピアと体術。

帝国重装歩兵は鋼鉄の剣とバトルハンマー。

宮廷魔術師のオニキスはレイピアと体術。

ホーリーオーダーのアガタはバトルハンマーと金剛石の槍。

フリーファイターのメディアは鋼鉄の剣と長弓。

調べてみると、ダンターグは小剣・槍・弓・体術などで弱点を突けるため、意外にも現在のパーティはそこまで悪くありません。

つまり前回は、

戦力不足で詰んだというより、第二段階があることを知らずにBP配分を間違えた可能性が高い

わけです。

BP回復アイテムを大量に持てばいい?

最初は、

「じゃあBP回復アイテムを大量に買っていけば余裕では?」

と思いました。

しかし、ここにも注意点があります。

BP回復アイテムは基本的に戦闘中に自由に使って立て直すためのものではありません。

そのため重要なのは、ダンターグ戦に入る前にBPをしっかり回復しておくこと。

そして戦闘中は、最初から第二形態まで含めたBP配分を考える必要があります。

9か月ぶりにダンターグへ再挑戦する

ということで、放置していた『ロマサガ2』を再開することにしました。

当時の自分は、

「ダンターグをやっと倒したのに、フルHPで復活しやがった」

と思って絶望していました。

でも実際には、あと40%程度だった可能性がある。

そう考えると、ずいぶん惜しいところで心が折れていたことになります。

今回の作戦は単純。

BP満タンで戦闘開始。
第一形態はBPをできれば半分程度残して突破。
第二形態で残ったBPと連携を投入。

これで9か月前の借りを返せるのか。

実際に倒せたら、戦闘内容や使った技、残りBPなども追記します。

同じように、

「ダンターグを倒したと思ったら復活して絶望した」

という人がいたら、とりあえず安心してください。

あいつ、フル回復しているわけではありません。

自分もそれを9か月早く知りたかったです。

【プレイ日記】ウイニングポスト9 2022を順調にやっていたのだが

 久しぶりにログインしてなぜか公開してない過去のウイポ日記などを見たりしていました

なんで公開してないのかまったく思い出せないw大量にあるのですが


ついでに現在進行中なのはPS4版のウイニングポスト9 2022なのですが・・・・

秘書?カグヤ様の早坂そっくりの秘書いますよね?あの子を秘書でゲームスタートして

しまったのですがあの子って結婚条件が異常に厳しいんですよね


BCの全レースを制覇です もちろん1年だけでなく累積で良いのですが

それにしても厳しい


何とか頑張って、あと3レースくらいまで頑張ったのですが・・・・

早坂がもう31歳になってしまったんですよね・・・

そのプレッシャーもあって長期間プレイを中断してしまっています

相変わらずウイポは古い時代から始めて毎度毎度もう観てるので

オグリとかの時代までたどり着くのすら結構厳しいっすね

ちらっとここでアマゾンのリンクを貼ってみてこれで1本売れてたら

モチベが上がるんですけどw

今はウイポ10だったかな まだ購入してない方はぜひこちらからw




ゆるキャン△が1巻から9巻までアマゾンキンドルで99円セール中

 ずっと買いたいと思ってたのですがこのタイミングで購入できました

1巻だけはアンリミテッドでずっと持ってたのですけどこの値段ならと1巻も買い直しました

実は数日前にイーブックスでポイント全額還元セールの対象で全額バックってある意味で

無料じゃないですか?でもなあ・・・・880円だったかな 880円かあ・・・・

昔のコミック相場で生きてきた人間にはかなりお高いですよね今のコミックの値段

じゃあメルカリで買おうかなとかいろいろと悩んでいたんですが・・・・

メルカリでとりあえず1巻から5巻までとかのセットを買うと結局続きが読みたくなって

また1巻からたとえば10巻までとか買い直すのが何度かあったのでその辺も含めて

悩んでたんですよねw


でもこれで作者様にもお金が入るし僕も安く手に入ったので最高でした

2026年8月21日金曜日

『ゆるキャン△』あfろは、もっと「絵が上手い漫画家」として語られていい


『ゆるキャン△』をアニメで見ていた頃、自分は正直、あfろという漫画家の「絵の上手さ」をそこまで意識していなかった。

キャラクターはかわいい。
背景もきれい。
キャンプ道具も丁寧。

そのくらいの認識だった。

ところが最近、犬山あおい、いわゆる「イヌ子」を模写してみて、完全に認識が変わった。

この人、とんでもなく絵が上手い。

しかも、いわゆる「誰が見ても分かる上手さ」とは少し違う。

ものすごい筋肉を描くわけでもない。
画面いっぱいに細密描写を詰め込むわけでもない。
写実画のように一本一本を描き込むわけでもない。

むしろ逆だ。

ものすごく省略している。

そして、その省略された一本一本の線が恐ろしく正確なのである。

上手い人ほど、線を減らせる

絵をあまり描いたことがない人ほど、「たくさん描き込んである絵」を上手いと思いやすい。

もちろん、細密な絵を描けること自体はすごい技術だ。

けれど絵を描いていると、だんだん別の怖さが分かってくる。

本当に上手い人は、描かなくていいものを描かない。

人体の構造を理解している。
服がどう身体に乗るか分かっている。
髪がどこから生えて、どちらへ落ちるか分かっている。
重心がどこにあって、身体の重さがどこへ逃げるのか分かっている。

だから、数本の線だけで全部説明できる。

あfろの絵は、まさにこれだと思う。

一見すると柔らかくて、かわいくて、簡単そうに見える。

ところが模写すると全然簡単ではない。

輪郭を少しずらすだけで別人になる。
目をほんの少し上げるだけで表情が死ぬ。
髪の線を一本増やしただけで重たくなる。

元の絵ではさらっと引かれている線なのに、その一本がなくなると成立しない。

簡単に見えるということ自体が、技術の結果なのだ。

あfろの線には「重力」がある

自分が特に驚いたのが、重力だった。

漫画絵、とりわけデフォルメされたキャラクターでは、身体が平面的に見えてしまうことがある。

顔に目と鼻と口を置いて、髪をかぶせて、服を着せる。

記号としてキャラクターは成立しているけれど、「そこに人間がいる」感じが薄い。

あfろの絵は違う。

髪が頭に乗っている。
頬から顎へ肉がつながっている。
首の上に頭の重さがある。
肩から服が落ちている。
座れば身体が下へ沈む。

線は少ないのに、ちゃんと重い。

これは本当にすごい。

一本の線が単なる輪郭線ではなく、立体と重力を同時に説明している。

こういう線は、適当にかわいいキャラクターを描いていて出てくるものではないと思う。

大量に描いて、観察して、構造を理解して、そのうえで削り続けた人の線に見える。

イヌ子を模写して気づいた「犬」のデザイン

そして犬山あおい。

アニメを見ていた頃から、自分はずっと「変わった眉毛だな」と思っていた。

ところが模写していて、ふと気づいた。

これ、犬の耳なんじゃないか。

もちろん作者本人がそう明言しているという話ではなく、自分が絵を追っていて感じたデザイン上の読みだ。

犬山あおい。
通称イヌ子。

垂れ気味の目。
柔らかい口元。
人懐っこい雰囲気。

そして、あの独特な眉。

あの眉を犬の垂れ耳のような形として見ると、突然キャラクターデザイン全体がつながって見える。

普通なら犬キャラを表現するために犬耳を付ける。

あfろはそんな直接的なことをしない。

人間の眉毛というパーツの中に、犬の耳のニュアンスを埋め込んでいるように見える。

もしこれが意図的な設計なら、ものすごく洒落ている。

仮に意識的でなかったとしても、結果としてイヌ子の顔には「犬っぽさ」が自然に宿っている。

キャラクターデザインというのは、こういうことなのだと思う。

設定資料に「犬モチーフ」と書くことではない。

見た人が理由を説明できなくても、なんとなくそう感じる。

その「なんとなく」を形にするのがデザインなのだ。

扉絵を見ると、さらに異常さが分かる

あfろの上手さはキャラクターだけではない。

『ゆるキャン△』の一枚絵や扉絵を見ると、今度はデザインセンスの強さが目につく。

キャラクターをどこに置くか。

背景をどこまで描くか。

どこを空白にするか。

小物をどこへ配置するか。

画面のどこから見始めて、どこへ視線が流れるか。

全部が気持ちいい。

これは単純なデッサン力とは別の能力だ。

絵を描ける人が全員、一枚絵を格好よく構成できるわけではない。

人体が猛烈に上手くても、完成した一枚を見ると妙に窮屈だったり、全部同じ強さで描いてしまったりすることもある。

あfろの絵には「余白」がある。

そして余白が死んでいない。

描いていない場所までデザインされている。

この感覚を見ていると、自分は鳥山明を思い出す。

鳥山明と同じ「簡単そうに見える恐ろしさ」

もちろん絵柄も作品も全然違う。

それでも、鳥山明の絵に感じるものと、あfろの絵に感じるものには共通点がある。

鳥山明の絵も、一見すると非常にシンプルだ。

悟空の顔なんて、線の本数だけ数えれば驚くほど少ない。

メカも丸っこくて親しみやすい。

ところが真似すると全然似ない。

なぜなら、残されている線が全部必要だからだ。

シルエットがいい。
形が整理されている。
立体が分かりやすい。
重さがある。
余白がきれい。
一枚の画面として気持ちいい。

あfろの絵にも、それと同じ種類の「簡単そうに見える恐ろしさ」がある。

だから自分には少し不思議なのだ。

漫画家の画力ランキングみたいな話題で、あfろの名前をほとんど見た記憶がない。

もっと名前が出ていいと思う。

「画力」という言葉が狭すぎるのかもしれない

世間でいう「画力」は、ときどき意味が狭い。

細かい。
リアル。
筋肉がすごい。
背景がすごい。
迫力がある。

そういう分かりやすい能力ばかりが評価される。

でも本来の絵の上手さには、

省略する力。

形を整理する力。

キャラクターを一目で認識させる力。

少ない線に立体を持たせる力。

重力を感じさせる力。

余白を使う力。

一枚の画面をデザインする力。

そういうものも全部含まれるはずだ。

その基準で『ゆるキャン△』を見ると、あfろは相当に上のところにいる漫画家ではないかと思う。

模写すると、漫画の見え方が変わる

イヌ子を描いてみようと思わなければ、自分もここまで気づかなかったかもしれない。

見るだけなら「かわいい絵」で通り過ぎてしまう。

でも実際に線を追う。

輪郭を描く。
眉を描く。
目を置く。
髪を落とす。

そこで初めて分かる。

なぜ、この一本がここにあるのか。

そして気づく。

この絵、めちゃくちゃ考えられている。

最近は『ゆるキャン△』を読むと、話より先に線を見てしまうことがある。

扉絵を見るたびに、

「なんでここに置いたんだろう」

「なんでここを描かなかったんだろう」

「なんでこの線一本でこんなに重さが出るんだろう」

と考えてしまう。

漫画を読んでいるというより、ときどき教科書を見ている気分になる。

あfろ先生、もっと画力で評価されていいです

『ゆるキャン△』は、キャンプ漫画としてものすごく成功した。

アニメも大ヒットした。

キャラクターも愛されている。

舞台になった土地へ実際に足を運ぶ人まで生まれた。

だからこそ、作品の魅力を語るとき、キャンプや旅や空気感の話が中心になるのも分かる。

でも、自分はもう一つ言いたい。

この漫画、絵がとんでもなく上手い。

かわいいから上手いのではない。

リアルだから上手いのでもない。

描き込んでいるからでもない。

必要なものを理解して、必要な形に変換して、必要な線だけを置いている。

そのうえで、キャラクターとしてかわいく、漫画として読みやすく、一枚絵として美しい。

こんなに高度なことを、何でもない顔をしてやっている。

そこが一番恐ろしい。

イヌ子を一人模写しただけで、自分は完全にやられた。

今まで『ゆるキャン△』を見ていて「あfろ先生、絵が上手いな」と思っていた人も、ぜひ一度キャラクターを模写してみてほしい。

たぶん途中で、

「あれ? この絵、思っていたより何倍も難しいぞ」

となる。

そして原稿をもう一度見る。

すると、それまで単純に見えていた線が、もう単純には見えなくなる。

自分は今、かなり本気で思っている。

あfろは、もっと「画力の高い漫画家」として語られていい。

むしろ、これだけ上手いのにその上手さを主張してこないところまで含めて、ものすごく格好いい漫画家だと思う。

2026年8月19日水曜日

『推しの子』が大好きだったからこそ、私はあの結末に納得できない

 


最初に書いておきたい。

私は黒川あかねが大好きだ。

『推しの子』という作品にも、最初から否定的だったわけではない。むしろ逆だ。アニメ第1期を見ていた頃は、本当に面白い作品が出てきたと思っていた。

特に忘れられないのが第7話。

黒川あかねが星野アイを研究し、その人物像を自分の中で組み立て、最後にまるでアイそのものになったかのように振る舞う。

あの瞬間は凄かった。

目つきが変わる。声が変わる。空気そのものが変わる。

「あかねがアイを演じている」のに、一瞬、本当にアイが帰ってきたように感じる。

あかね役の石見舞菜香さんの名前まで当時トレンド入りし、横槍メンゴさんもその演技に強く反応していたという。

私はあれでほとんど「勝った」と思った。

この作品は面白い。

黒川あかねというキャラクターも凄い。

そして石見舞菜香という声優も凄い。

実際、後年の石見舞菜香さんのキャラクター人気投票でも黒川あかねは上位に入り、あの「一瞬でアイへ切り替わる演技」を評価する声が紹介されている。

だから私は、最後まで『推しの子』を嫌いだった人間ではない。

むしろ好きだったから腹が立っている。


面白い材料は、驚くほどたくさんあった

『推しの子』には、長編を作るための魅力的な材料が山ほどあった。

ゴローと天童寺さりなの前世。

死んだ二人が、なぜか星野アイの双子として転生するという奇跡。

愛というものを知らなかったアイ。

母親から事実上置き去りにされたさりな。

そのさりなに寄り添ったゴロー。

高千穂という土地。

長年発見されなかったゴローの遺体。

転生の事情を知っているかのようなツクヨミ。

アイを死に追いやった神木ヒカル。

そして芸能界で再び生きるアクアとルビー。

一つ一つを見ると、とてつもなく強い。

だから私は当然、最後にはこれらが一本につながるものだと思っていた。

なぜゴローとさりなだったのか。

なぜアイの子供だったのか。

なぜ双子だったのか。

なぜ高千穂だったのか。

なぜ二人にはもう一度人生が与えられたのか。

そこには何か意味があるのだろう、と。

ところが読み終えてみると、私はその答えを受け取った感覚がない。


前世バレは、もっと大きな出来事だったはずだ

特に私が引っかかったのが、アクアとルビーの前世が互いに判明する展開だった。

さりなは生前からゴローに強烈な思いを抱いていた。

死んで転生してなお、その人を忘れていない。

ゴローの行方を追い、その死を知ったときには深く傷つく。

そんな少女が、

「ずっと探していた先生は、実は今まで一緒に暮らしていた双子の兄だった」

と知る。

こんな事実を知って、それまでの人間関係に簡単に戻れるだろうか。

私は恋愛ルートにしろと言いたいわけではない。

くっついてもいい。くっつかなくてもいい。

兄妹として新しい答えを出してもいい。

大切なのは、これほど巨大な事実を知った二人が、その後どのような関係を作り直していくのかを見たかったということだ。

ところが私には、前世バレそのものの衝撃に比べて、その後の感情の処理があまりにも軽く感じられた。

少しベタベタする。

少し兄妹関係が変わる。

そして物語は次へ進んでいく。

いや、待ってくれ。

さりなの人生を貫いてきた感情は、そんなものだったのか。


人間は、最愛の人が死んでも生きていく。それは分かる

ここには反論もできる。

人間は、大切な人を失っても生きていく。

最愛の人が死んだからといって、その人の人生まで終わるわけではない。

ルビーがアクアの死後も生き続ける。

それ自体はむしろ現実的なのかもしれない。

私はそこを否定したいわけではない。

問題は、この作品がそれまで積み上げてきた感情の大きさとの釣り合いだ。

さりなのゴローへの思いは、一つの人生で終わらなかった。

死を越えた。

転生を越えた。

そして奇跡のようにもう一度出会った。

そこまで非現実的なほど巨大な愛情を描いておきながら、最後の処理だけ急に、

「大切な人が死んでも、人間は悲しみを抱えて前へ進むものです」

という現実的な着地を持ち込む。

私はそこに強い違和感がある。

リアリティを入れることが悪いのではない。

なぜ、そこだけ急にリアルなのか。

前世から追い続けた感情なら、その喪失にも相応の物語が必要だったのではないか。


そして、アイとは何だったのだろう

考えれば考えるほど分からなくなるのが、星野アイの存在だ。

アイは作品冒頭の中心人物だった。

愛を知らない。

嘘をつく。

その嘘がいつか本当の愛になることを願う。

そして双子を産み、自分の子供たちへ最後に「愛してる」と伝える。

ものすごく強いキャラクターだった。

ところが物語全体を最後から振り返ると、別の疑問が生じる。

なぜゴローとさりなは、よりによってアイの子供として生まれたのか。

さりなは前世で母親から十分な愛を得られなかった。

ゴローはそんなさりなに寄り添った。

そして二人が転生した先の母親は「愛を知らないアイ」だった。

ここまで揃ったら、

母と子、愛すること、愛されること、見捨てられること。

この三人によって、とんでもなく大きなテーマが完成するように思える。

でも私には、それが最後まで一本につながったようには見えなかった。

だから極端な言い方をすれば、後から見たアイが「アクアとルビーという双子を産むために配置された母親」にすら見えてしまう。

私はそんなアイを見たかったわけではない。


私が一番つらいのは、キャラクターに血が通っていないように見えることだ

結局、私が『推しの子』終盤で最もつらかったのはここだと思う。

キャラクターが物語を生きているのではなく、

作者が用意したイベントを成立させるために、キャラクターが配置されているように見えてしまう。

設定は強い。

その回その回の引きも強い。

「次はどうなるんだ」と思わせる力も非常に強い。

前世バレもそうだった。

あかねが危険にさらされる展開もそうだった。

ツクヨミの登場もそうだった。

そしてアクアの最期もそうだった。

その瞬間だけを見れば強烈だ。

しかし、そのイベントによってキャラクターの人生がどう変わったのか。

以前に置いた設定とどうつながったのか。

最後まで振り返ったとき、なぜそれが必要だったのか。

そこを考えると、私には空白が多すぎる。


作家には、自分が生み出したキャラクターへの責任があると思っている

これは「キャラクターを全員幸せにしろ」という話ではない。

私は悲劇そのものを否定していない。

主人公が死ぬ作品だって好きなものはいくらでもある。

キャラクターを徹底的に苦しめる物語だっていい。

でも、一度その人物を生み出し、何年も人生を与え、読者にその人物を愛させたのなら、

作者にはその人物の人生を最後まで見届ける責任がある

と私は思っている。

予定していたプロットがあるから死なせる。

昔言わせた台詞があるから回収する。

この人物はここで役割を終えたから退場させる。

そういう論理だけでは、人間を描いたことにはならない。

長期連載では、作者が当初想定していなかったほどキャラクターが成長することだってある。

ならば最初の予定より、そのキャラクターが実際に歩いてきた人生の方を大切にしてほしい。

私が物語に求めているのは、そこなのだと思う。


それでも私は、黒川あかねが大好きだ

ここまで批判しておいて何だが、『推しの子』から全部を否定する気にはなれない。

黒川あかねというキャラクターに出会えたからだ。

あかねが自分を追い詰めるところ。

そこから立ち上がるところ。

異常なほど人物を研究するところ。

女優として有馬かなと競い合うところ。

そしてアクアという難しい人間を理解しようとするところ。

私はずっとあかねが好きだった。

そして、アニメ第1期第7話。

あの一瞬でアイになったあかねを見た時の感覚は、今でも消えていない。

石見舞菜香さんの演技まで含めて、あの回は本当に凄かった。実際に当時、石見さんの名前がトレンド入りするほど反響を呼んでいる。

だからこそ悔しい。

こんなに面白いキャラクターを作れた作品だったのに。

こんなに面白い材料を持っていた作品だったのに。

私は『推しの子』を嫌いだったから怒っているのではない。

途中まで、本当に面白いと思っていた。

続きを期待した。

この世界には最後に何か大きな答えがあると信じた。

だから最後まで読んだ。

そして最後に感じたのは、

「このキャラクターたちを、もう少し大切にしてほしかった」

ということだった。

それが、完結から時間が経った今でも残っている、私の『推しの子』への一番大きな不満である。

 

なぜ今のツンデレは萌えないのか――初期好感度が高すぎる時代

最近、ふと思った。

今のツンデレって、昔ほど萌えなくない?

もちろん自分が歳を取ったとか、性欲が落ちたとか、そういう身も蓋もない理由もあるのかもしれない。

でも、それだけじゃない気がする。

昔のツンデレと今のツンデレでは、そもそも「作り方」が違うんじゃないか。

そしてその違いを考えていったら、ひとつ妙に腑に落ちる答えが出てきた。

今のヒロイン、初期好感度が高すぎるんじゃないか?

ツンデレは「嫌い」から始まるわけではない

ここは大事。

昔のツンデレは、

「主人公のことが嫌い」

と明確に分かっているわけではない。

むしろ、

分からない。

本当に嫌っているのか。

単に警戒しているだけなのか。

照れているのか。

何か事情があるのか。

実は少し気になっているのか。

本人自身も自分の感情を分かっていないのかもしれない。

だから初期好感度をゲームのパラメータみたいに表現するなら、

好感度:???

なんだと思う。

これが重要だった。

読者にも主人公にも分からない。

その状態から物語が進む。

喧嘩したり、助けたり、誤解したり、一緒に何かを乗り越えたりする。

そして少しずつ態度が変わっていく。

「あれ?」

「こいつ、もしかして……?」

となる。

この落差こそツンデレ最大の武器だったんじゃないか。

今のツンデレは「表示だけ???」になっている

ところが最近の作品を見ていると、第一話どころか登場直後から、

「あ、こいつ主人公のこと好きなんだな」

と分かることが多い。

本人だけは否定している。

口ではツンツンしている。

でも視聴者には全部バレている。

これを好感度で表すと、

好感度:70
表示:???

みたいな状態なんじゃないか。

数値は隠してあるけれど、プレイヤーには大体分かってしまっている。

そうなるとツンは障害でも謎でもなく、

ただの口調になる。

「べ、別にあんたのためじゃないんだからね!」

と言っても、

「はいはい、好きなのね」

で終わってしまう。

これでは落差がない。

「ちょろいん」が象徴していたもの

一時期「ちょろいん」なんて言葉も流行った。

ちょっと優しくされただけで好感度が急上昇するヒロイン。

あれ自体は可愛い。

可愛いんだけど、ツンデレとは相性が悪い。

ツンデレは本来、

すぐには関係が動かないからこそ、動いた瞬間が大きい。

ところが、少しイベントをこなしただけで即デレてしまうと、

ツン
↓
ツン
↓
イベント
↓
デレ!

となる。

早い。

早すぎる。

もうちょっと粘ってくれw

こちらとしては、その面倒くささ込みで攻略したいのである。

主人公まで出来すぎている

そしてもう一つ、現代のツンデレが弱くなった理由があると思う。

主人公が立派すぎる。

昔の恋愛ものの主人公なんて、結構ひどかった。

勉強ができない。

優柔不断。

女の子から迫られると断れない。

浮気心もある。

スケベ。

余計なことをする。

肝心なところで言葉が足りない。

だからヒロインとの関係が簡単には進まない。

主人公側にも問題があるから、ヒロインの態度も揺れる。

ところが最近の主人公は、

誠実。

一途。

気遣いができる。

頭も悪くない。

相手を尊重する。

余計な浮気もしない。

最初から好きな相手がほぼ決まっている。

……そりゃヒロインも最初から好感度高くなるよw

別に立派な主人公が悪いと言いたいわけじゃない。

現実に付き合うなら、そりゃこっちのほうがいい。

でも物語として考えると、

人間関係が事故らない。

そして事故らない恋愛は、ツンデレと相性が悪い。

昔は「言わないこと」が美徳だった

もっと大きな話をすると、社会そのものが変わったのかもしれない。

昔の日本には、

言わなくても分かれ。

察しろ。

本音を簡単に口にするな。

我慢する。

感情を表に出さない。

そういうものを美徳とする部分が今より強かった気がする。

親子でさえ本音を言わない。

好きな相手にも好きと言えない。

謝れば済むのに謝れない。

感謝すればいいのに言葉にできない。

昔のドラマやアニメには、そういう人間がいくらでも出てきた。

富野作品なんかも、突き詰めれば、

人間は本当に分かり合えるのか?

みたいな話をずっとやっていたように思う。

ニュータイプなんてものまで出さないと、人間同士が理解し合えない。

それくらい登場人物が言葉足らずだったw

でも今は違う。

「ちゃんと話し合おう」

「嫌なことは嫌と言おう」

「好意は言葉で伝えよう」

「相手の気持ちを尊重しよう」

コミュニケーション能力そのものが昔より明確に求められるようになった。

もちろん現実社会としては良いことだと思う。

でも、その結果、

「本当は好きなのに絶対言えない」

という人間の説得力が少し落ちた。

視聴者から、

「いや普通に言えよ」

と思われてしまう。

だから作り手も長期間ツンツンさせられない。

早めに好意を見せる。

そしてまた「ちょろいん」に近づいていく。

ツンデレとは性格ではなく「関係性」だったのではないか

ここまで考えて、ひとつ思った。

ツンデレって、そもそも性格属性じゃなかったんじゃないか。

「ツンツンした性格の女の子」

ではなく、

主人公との関係性が変化していく過程そのもの

だったんじゃないか。

最初は何を考えているのか分からない。

距離がある。

警戒されているのかもしれない。

嫌われているのかもしれない。

でも一緒に過ごす。

少しずつ反応が変わる。

ある日突然、今まで見たことのない表情を見せる。

そこで初めて、

ああ、この子は自分に心を開いたんだ。

と思える。

この瞬間の破壊力がツンデレだった。

だから初期好感度が高すぎると成立しない。

最初から主人公が大好きなら、

どれだけ口で否定しても、

そこには「変化」がない。

ツンデレが死んだのではなく、ツンデレが生きられる環境がなくなった?

なので、最近ツンデレに萌えなくなったのは、自分が変わっただけではないのかもしれない。

恋愛作品の主人公が変わった。

ヒロインの初期好感度が変わった。

コミュニケーションに対する社会の価値観も変わった。

その結果、

ツンデレ最大の魅力だった「分からなさ」と「落差」が発生しにくくなった。

今の時代にもツンデレキャラはいる。

でも、昔とは違うものになっている。

ひょっとするとツンデレという言葉だけが残って、その中身は別物になったのかもしれない。

そして何より皮肉なのは、

このブログのタイトルが

「ツンデレは萌えているか?」

だということだ。

ブログを始めてから長い年月が経って、今になって改めて答えるなら――

最近のツンデレ、あんまり萌えないんですよねw

でも、それはツンデレが悪いんじゃない。

俺たちの社会も、主人公も、ヒロインも、

昔よりずっとコミュニケーションが上手になってしまったからなのかもしれない。

 

STEINS;GATE RE:BOOT発売!……ところで俺、買ったシュタゲをまだ一本もやってないんだがw

『STEINS;GATE RE:BOOT(シュタインズ・ゲート リブート)』が2026年8月20日に発売されるそうです。

あの名作シュタインズ・ゲートがグラフィックを大幅に描き直し、新たな世界線やエンディングまで追加されて帰ってくるとのこと。

おお!!

これはやらなければ!!!

……というところなんですが。

俺、数年前にSteamでシュタゲシリーズをほぼ全部買ってるのに、まだインストールすらしてないんですよねw

シュタゲを買った。だがYUNOが終わっていない

いや、シュタゲをやりたくないわけじゃないんですよ。

むしろ評判がいいからやりたい。

じゃあ何で何年も放置してるのかというと――

YUNOを先に終わらせてからシュタゲをやろうと思ったから。

『この世の果てで恋を唄う少女YU-NO』ですね。

シュタゲについて調べていると、時間移動や並行世界を扱った作品としてYUNOとの類似や影響を語る話を昔から見かける。

だったら、

YUNOをもう一回ちゃんと遊ぶ
↓
その記憶が新しいうちにシュタゲを遊ぶ
↓
「おお、ここが似てる!」とかやったら面白いじゃん!!

と思ったわけですよ。

我ながら完璧な計画です。

そして数年が経過しました。

まだYUNOが終わってませんw

したがってシュタゲも始まりません。

何このデッドロック。

名作を遊ぶために名作を先に遊ぼうとすると永遠に始まらない

こういうことありません?

「この作品はあの作品の影響を受けているらしい」

と聞く。

じゃあ元ネタからやろう!!

となる。

ところがその元ネタにもさらに元ネタがあったりする。

そのうち、

ゲームを一本遊ぶためにゲーム史の履修が必要になる。

そして何も始まらないw

俺の場合はシュタゲだけじゃない。

たしか10年くらい前だったと思うんですが、名作と誉れ高い**『Ever17』**も無料か何かでもらった記憶があります。

ちゃんと持ってます。

評判も知ってます。

「いつか絶対やろう」と思っています。

もちろんやってません。

こうして我がSteamその他のライブラリには、

「名作だから手に入れた」

↓

「大事に保管する」

↓

「プレイしない」

という、文化財保護事業みたいなゲームが増えていくわけです。

新作が出る速度に俺のゲーム消化速度が完全に負けている

昔はゲームの新作が出ると、

「欲しい!」

「買った!」

「やった!」

だった気がするんですよ。

今は、

「欲しい!」

「買った!」

「その前にこれやらないとな」

「そういえばあれも途中だったな」

「今日は疲れたからYouTubeでも見るか」

――数年後――

リメイク発売!!

いや待って!!

俺まだ原作やってねえよ!!

メーカー側が俺を追い越して二周目に入ってるw

今回の『STEINS;GATE RE:BOOT』なんて、俺にとっては完全にこれです。

旧作をほぼ揃えているのに遊んでいない間に、とうとうリブート版が発売されてしまった。

というわけで俺はまずYUNOを終わらせます

……たぶん。

いや、本当にシュタゲはやりたいんですよ。

新しい『STEINS;GATE RE:BOOT』も気になる。

でも俺の中では、

YUNO
↓
シュタゲ
↓
できればEver17もどこかで

という謎の履修順が出来上がってしまっている。

こういうことをやってるから積みゲーが永遠になくならないんでしょうねw

とはいえ、昔の名作を今になって遊ぶのも結構楽しいんです。

流行している時にみんなと一緒に遊ぶ楽しさもあるけれど、何年も経ってから

「なんでこれが名作と言われていたんだろう?」

と自分で確かめに行くのも面白い。

というわけで『STEINS;GATE RE:BOOT』発売!!

俺はYUNOの続きからやります!!

シュタゲに到達するのはいつになるんでしょうかw

2026年8月17日月曜日

ツンデレの元祖は誰なのか――そして20年後、世界はツンデレになった

 


せっかくブログ名に「ツンデレ」と冠しているのだから、今さらながら一度くらい、

「ツンデレの元祖って誰なんだ?」

という話をしておこうと思う。

散々語り尽くされたテーマではある。

しかも私自身、昔はこの辺のことをかなり覚えていたはずなのに、20年近く経った今となってはだいぶ記憶が怪しい。

そこで今回は遠坂凛に解説してもらおう。


衛宮士郎:

なあ遠坂。

結局、ツンデレの元祖って誰なんだ?

遠坂凛:

いきなり面倒な質問するわね。

まず「ツンデレという言葉の元祖」と「ツンデレ的なヒロインの元祖」は分けた方がいいわ。

衛宮士郎:

違うのか?

遠坂凛:

当たり前でしょう。

「ツンデレ」という言葉が生まれるより前から、ツンデレみたいな女の子なんていくらでもいたんだから。


そう。

これを忘れちゃいけない。

昔のヒロインなんて、かなりの割合でツンデレだったのだ。

というより、考えてみれば当然である。

主人公と出会った瞬間、

「あなたが好きです!」

で何の障害もなく話が進んでしまったら、恋愛物語にならない。

最初は反発する。

喧嘩する。

誤解する。

嫉妬する。

素直になれない。

そういう摩擦があるから物語になる。

つまり後世になって「ツンデレ」と名付けられたものは、昔から恋愛物語の中に大量に存在していた。


衛宮士郎:

じゃあ、昔のキャラなら誰だ?

遠坂凛:

誰を最初とするかなんて決められないわよ。

でも「ツンデレの元祖」と言われて、多くの人が納得しやすいところなら……

鮎川まどかじゃない?

衛宮士郎:

俺も鮎川でいいと思う。

南ちゃんだってツンデレっちゃツンデレだし、響子さんだってそうだろ。

詳しく知らないけど『あしたのジョー』のお嬢様だってそういう系統じゃないのか?

遠坂凛:

だから遡り始めたらキリがないのよ。


個人的には、鮎川まどかを「古典ツンデレの代表」くらいに置いておけば一番収まりがいいと思う。

ラム?

あれは私の中ではツンデレというより暴力女である。

もちろん異論は認める。


私がツンデレの良さを認識したのはアスカだった

衛宮士郎:

でも俺が「こういう女いいな」と初めて明確に思ったのはアスカなんだよ。

遠坂凛:

惣流・アスカ・ラングレーね。

あれはもう完全にツンデレでしょう。

強気。

プライドが高い。

能力にも自信がある。

弱いところを他人に見せたくない。

衛宮士郎:

そう。

俺はたぶん、ツンデレの「ツン」が好きなんじゃないんだ。

遠坂凛:

じゃあ何が好きなのよ。

衛宮士郎:

折れてほしいんだよ。

遠坂凛:

……言い方。


でも、たぶんこれが一番正確だ。

私は、最初から弱い女の子が嫌いなわけではない。

でもツンデレに求めているものは別にある。

孤高で、強くて、自尊心が高くて、簡単には他人に媚びない女が、感情の前で崩れる。

そこがいい。

だから私は、いわゆる小柄でキャンキャン怒鳴るタイプより、

高嶺の花型ツンデレ

の方が圧倒的に好きなのだと思う。


そして「ツンデレ」という言葉が生まれた

衛宮士郎:

で、「ツンデレ」って言葉自体はいつ出来たんだ?

遠坂凛:

2000年代初頭ね。

その成立史でよく名前が出るのが『君が望む永遠』の大空寺あゆ。

ネット上で「ツンツンデレデレ」といった表現が使われて、それが「ツンデレ」へ縮まっていったと言われている。

衛宮士郎:

ああ、それ覚えてる。

昔、大空寺あゆがツンデレの元祖みたいに言われてたんだよ。

遠坂凛:

それは「キャラクター類型の元祖」というより、言葉の成立に関わった代表キャラという意味で考えると分かりやすいわね。


そして2000年代。

ツンデレは大爆発する。

沢近愛理。

涼宮ハルヒ。

遠坂凛。

柊かがみ。

シャナ。

ルイズ。

逢坂大河。

ゲームまで入れれば遠野秋葉など、いくらでも出てくる。

もはや特殊属性ではない。

ツンデレという一大ジャンルが完成した時代だった。


沢近愛理は絶対に外せない

衛宮士郎:

ちょっと待て。

沢近愛理は絶対に外すな。

下手したら俺が一番愛したキャラだ。

遠坂凛:

はいはい。

『スクールランブル』ね。

高飛車で、プライドが高くて、お嬢様で、素直になれない。

播磨なんてどうでもいいみたいな顔をしながら、感情が思い切り振り回される。

衛宮士郎:

そう、それだよ。

遠坂凛:

つまり、優秀で、育ちが良くて、プライドが高くて、美人で、人前では強気なのに、好きな相手には素直になれない……

衛宮士郎:

遠坂。

遠坂凛:

何よ。

衛宮士郎:

さっきから自分の説明してないか?

遠坂凛:

…………。

誰がよ。

衛宮士郎:

いや、だって全部当てはまって――

遠坂凛:

衛宮君?

衛宮士郎:

はい。


そう考えると遠坂凛もかなり私の好みに近い。

家柄。

頭脳。

能力。

プライド。

孤高さ。

ほぼ完璧である。

衛宮士郎:

遠坂って、かなり理想に近いんだよな。

遠坂凛:

……かなり?

衛宮士郎:

うん。

あとは胸が――

遠坂凛:

殺すわよ。


ツンデレには二つの系統がある気がする

2000年代のツンデレブームを振り返ると、少なくとも私の中では二種類に分かれる。

一つは、

高嶺の花・孤高型

鮎川まどか。

アスカ。

沢近愛理。

遠坂凛。

この辺。

そしてもう一つが、

ちんちくりん・喧嘩腰型

大空寺あゆ。

シャナ。

ルイズ。

逢坂大河。

このあたりである。


遠坂凛:

「ちんちくりん・喧嘩腰型」って分類名、もうちょっとどうにかならなかったの?

衛宮士郎:

分かりやすいだろ。

遠坂凛:

分かりやすければ何でもいいわけじゃないのよ。


2000年代後半になると、

「釘宮理恵にやらせておけばツンデレ」

みたいなイメージすら出来上がっていた気がする。

シャナ。

ルイズ。

大河。

このあたりは、ツンデレ史を語るなら絶対に無視できない。

私は正直、このタイプにはあまりピクリと来ない。

うるさいし暴力的だし、ちんちくりんだし。

その中ならルイズはまだかわいいと思うけど、私は『ゼロの使い魔』なら女王様の方が好きだったりする。

でも、それは単なる好みの話だ。

小柄で気が強く、主人公に猛烈に突っかかりながらデレる。

これも間違いなくツンデレの一大スタンダードになった。


『とらドラ!』はやっぱりすごい

ここで少し寄り道。

『とらドラ!』という作品自体は本当にすごい。

アニメとして異常なくらい出来がいい。

個人的にはほとんどケチの付けようがない。

その上でヒロインを見ると面白い。

逢坂大河は、分かりやすい小柄な攻撃型ツンデレ。

櫛枝実乃梨は、一見すると明るく健全で優等生的なのに、内側へ行くほどかなり危うい。

そして川嶋亜美。


衛宮士郎:

亜美って、あれも高嶺の花型ツンデレじゃないのか?

遠坂凛:

完全な典型ツンデレと呼ぶかはともかく、その系譜にはかなり近いわね。

美人。

モデル。

学校でも目立つ存在。

頭も回る。

他人のことはよく見えている。

でも自分の恋愛になると上手くいかない。

衛宮士郎:

そういうのがいいんだよ。


つまり私は、単にツンツンしている女が好きなのではない。

孤高であること。

それがかなり大事なのだと思う。


物語シリーズなら戦場ヶ原より羽川

その意味では『物語シリーズ』も分かりやすい。

戦場ヶ原ひたぎ。

あれも孤高で、頭が良くて、他人を寄せ付けない。

条件だけ見れば私の好きなタイプにかなり近い。

でも私は戦場ヶ原がそれほど好きではない。

暴力が過ぎる。

それより圧倒的に羽川翼が好きである。

知性。

自制。

孤独。

内側に抱え込んでいるもの。

そういう部分の方が刺さる。


『超電磁砲』なら美琴も好き。でも食蜂はもっとタイプ

衛宮士郎:

そういや御坂美琴もツンデレだな。

遠坂凛:

かなり王道でしょうね。

名門お嬢様学校。

能力者としてもトップクラス。

勝ち気。

上条相手には素直になれない。

衛宮士郎:

美琴も好きだけど、俺は食蜂操祈の方がタイプなんだよな。

遠坂凛:

……でしょうね。

衛宮士郎:

なんだよその納得。


食蜂はもう「女王」と呼ばれるキャラクターである。

これ以上分かりやすく私の好みを説明する必要もない気がする。


ツンデレは日本だけの文化なのか?

ここでふと疑問が出た。

これだけ日本で増殖したツンデレという概念。

海外のオタクには通じるのだろうか?

衛宮士郎:

なあ遠坂。

外国人にツンデレなんて分かるのか?

遠坂凛:

何言ってるのよ。

今は海外でも tsundere でそのまま通じるわよ。

衛宮士郎:

マジで?

遠坂凛:

マジよ。

日本語を無理に英訳するんじゃなくて、オタク文化の用語としてそのまま定着してる。

衛宮士郎:

じゃあ遠坂も海外でツンデレ扱いされてるのか?

遠坂凛:

……なんで私を基準にするのよ。

衛宮士郎:

分かりやすいから。

遠坂凛:

あんたねえ……。


これを聞いた時は、ちょっと感慨深かった。

20年くらい前。

ツンデレなんて言葉は、ごく一部の日本のオタクが使っている言葉だった。

それが今や海を越えて、

TSUNDERE

で通じる。

遠坂凛も海外で人気がある。

アスカもいる。

ツンデレという概念そのものが輸出されてしまった。


結局、ツンデレの元祖は誰なのか

改めてまとめよう。

キャラクター類型としてのツンデレの元祖なんて、本当は決めようがない。

昔の恋愛作品には、名前が付いていないだけでツンデレ的なヒロインが大量にいた。

その中で、古典的ツンデレの代表として一人選ぶなら、

鮎川まどか。

私はそれでいいと思う。

90年代にはアスカのような強烈なキャラクターが現れ、

2000年代初頭に大空寺あゆなどを巡って「ツンデレ」という言葉そのものが成立していく。

その後、

沢近愛理。

遠坂凛。

涼宮ハルヒ。

柊かがみ。

シャナ。

ルイズ。

逢坂大河。

御坂美琴。

数え切れないほどのキャラクターが続いた。

そして令和。

ツンデレは絶滅したのかと思ったら、院田唐音やアーリャのようなキャラがちゃんと生きている。

形を変えながら今も続いている。


衛宮士郎:

結局ツンデレって、なくならなかったんだな。

遠坂凛:

当たり前でしょう。

人間が素直になれない限り、なくなるわけないじゃない。

衛宮士郎:

なるほど。

……それに海外でもtsundereで通じるのか。

遠坂凛:

そうよ。

衛宮士郎:

俺が目指した世界が、20年経って実現してたんだな……。

遠坂凛:

急に大げさね。

衛宮士郎:

すべては遠き理想郷。

遠坂凛:

そこにそれ使うのやめなさい。

令和にツンデレってまだいるの? 衛宮士郎と遠坂凛が考えてみた

 


せっかくブログ名に「ツンデレ」と冠しているのだから、久しぶりにツンデレについて考えてみようと思った。

ところが、ふと疑問が浮かんだ。

令和にツンデレって、まだいるのか?

昔ならツンデレキャラなんていくらでもいた気がする。

ルイズ、逢坂大河……。

いわゆる、

「べ、別にあんたのためじゃないんだからね!」

で全部説明できるような時代である。

でも最近のアニメを見渡してみると、ああいう分かりやすいツンデレって随分減った気がする。

そこで遠坂に聞いてみることにした。


衛宮士郎:

なあ遠坂。

令和にツンデレなんてまだいるのか?

何人か挙げてみてくれ。

遠坂凛:

いるわよ。

何よ、その「絶滅危惧種を探しています」みたいな聞き方。

ただ、昔みたいな分かりやすいツンデレばかりじゃなくなったのは確かね。

最近なら、

  • 『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』の院田唐音

  • 『時々ボソッとロシア語でデレる隣のアーリャさん』のアーリャ

  • 『2.5次元の誘惑』の橘美花莉

  • 『黒岩メダカに私の可愛いが通じない』の川井モナ

この辺が分かりやすいんじゃない?


衛宮士郎:

『君のことが大大大大大好きな100人の彼女』って、あれだろ。

キャラクターデザインがものすごく上手いやつ。

確か女性の人が描いてたよな?

遠坂凛:

アニメ版のキャラクターデザインは矢野茜さんね。

それと院田唐音は、かなり分かりやすいツンデレよ。

むしろ令和になってから、ここまで堂々と「私はツンデレです」みたいなキャラを出してくる方が珍しいくらい。

だから、

「令和になってツンデレは絶滅した!」

なんて言った直後に唐音を出されたら、その説は一瞬で崩壊するわね。


衛宮士郎:

やっぱり矢野茜さんか。

あの人の絵、めちゃくちゃ可愛いんだよな。

でも真似しようとすると難しい。

女性の描く女の子って、なんか繊細なんだよ。

目とか輪郭とか、ほんのちょっと違うだけで別物になる。

……まあいいや。

次。

川井モナってどういうキャラなんだ?

説明を聞く限り、『下級生』の麗子みたいな感じ?

お嬢様?

遠坂凛:

お嬢様というより、

「学校一の美少女で、自分が男からモテることを完全に理解している女の子」

ね。

ところが主人公の黒岩メダカだけは、自分になびかない。

そこで、

「なんでこいつ、私に興味ないのよ!」

となって、意地でも振り向かせようとする。

最初から好きなわけじゃないの。

プライドを刺激されて追いかけ始めたら、いつの間にか自分の方が本気になっていた、というタイプね。


衛宮士郎:

ああ。

じゃあ藤崎詩織みたいな?

あいつをもうちょっと正直というか、感情的にした感じ?

遠坂凛:

……ずいぶん古いところから持ってきたわね。

でも、案外近いわ。

藤崎詩織の

「学校中の憧れの美少女」

という属性に、

「どうして私になびかないのよ!」

という高いプライドと感情的な反応を足した感じ。

乱暴にまとめれば、

藤崎詩織の高嶺の花属性+麗子系のプライド+令和ラブコメの分かりやすいデレ

ね。


衛宮士郎:

なるほど。

これ、結構面白いな。

昔の高飛車系ヒロインって金持ちのお嬢様が多かった気がする。

遠坂凛:

そうね。

でも今なら、

「スクールカースト最上位のモテ女子」

みたいな形でも同じ役割を作れる。

昔は家柄や財産で「高嶺の花」を表現していた。

今は容姿、人気、コミュニケーション能力なんかで学校内の頂点に立たせる。

記号が変わっただけで、

「自分に自信のある女の子が、自分になびかない男に振り回される」

という構造自体は昔からあるのよ。


衛宮士郎:

じゃあアーリャっていうのはどうせあれだろ?

ガルパンのノンナやってた人。

上坂すみれさん。

遠坂凛:

そうよ。

そこは正解。

普段は主人公に厳しい態度を取る。

でも本人には分からないと思って、ロシア語ではデレる。

要するに、

日本語ではツン、ロシア語ではデレ。

ものすごく分かりやすい構造でしょう?


衛宮士郎:

でしょうねw

ロシア語といえば上坂すみれさんってイメージが強すぎる。

ノンナからアーリャか。

なんというか、正しい進化だな。

遠坂凛:

キャスティングを知った瞬間に納得するタイプね。


そしてもう一人、個人的に気になったのが『2.5次元の誘惑』の橘美花莉だった。


衛宮士郎:

橘さんとやらもいいな。

俺、一途なキャラ好きなんだよ。

『サマータイムレンダ』の澪みたいな感じ?

遠坂凛:

そこは結構好きそうね。

橘美花莉は主人公を長年想い続けている幼馴染。

だから、

「ずっと一人の相手を好きでいる」

という点では澪とかなり近い。

ただし澪よりツンデレ成分が強くて、負けず嫌い。

モデルをやっている美少女だから、自分に対する自信もある。

まとめると、

澪の一途な幼馴染属性+ツンデレ+モデル系美少女

というところね。


衛宮士郎:

ほう。

それはちょっと見てみたい。

一途というのは、それだけでかなり強い属性だと思うんだよ。

好きになったからにはずっと好き。

他の男が出てきてもブレない。

こういうキャラはいい。

遠坂凛:

はいはい。

その好みはよく分かったわ。


こうして並べてみると、

令和になってツンデレが絶滅したわけではない。

ただ、昔とは見せ方が変わっている。

院田唐音は、かなり昔ながらの王道ツンデレ。

アーリャは「外国語」というギミックを使ってツンとデレを分離したタイプ。

橘美花莉は、一途な幼馴染属性とツンデレを組み合わせている。

川井モナは、昔の高飛車なお嬢様系を、現代の「最強モテ女子」へ置き換えたようなタイプ。

昔のように、

「暴力的で口が悪く、主人公にバカバカ言っているけれど本当は好き」

という一種類のテンプレートだけではなくなった。


衛宮士郎:

つまり、ツンデレがいなくなったというより……

他の属性と混ざった?

遠坂凛:

そういうこと。

ツンデレという属性が消滅したんじゃなくて、他のキャラクター属性の中へ溶け込んでいった。

その方が近いと思うわ。

でも唐音みたいに、昔ながらのツンデレを正面からやっているキャラクターもちゃんと残っている。

だから絶滅したわけじゃない。

進化したのよ。


なるほど。

令和のツンデレ。

思っていたよりちゃんと生き残っているらしい。

ならば実際に何作品か観てみる必要がありそうだ。

本当に平成のツンデレと違うのか。

それとも衣装だけ変えて、中身は昔から何も変わっていないのか。

その辺は実際に観てから、また考えてみようと思う。

2026年8月15日土曜日

カルドセプトは復活した。では、なぜルナティックドーンは復活しないのか?

 


最近、昔のゲームについて調べていて、ふと思った。

カルドセプトは復活したんだよな。

しかも、ただ昔のゲームを安く移植しただけではない。

『カルドセプト ビギンズ』は、シリーズ10年ぶりの新作としてかなり本気で作られている。

一方、同じように「新作が欲しい」と長年言われ続けている『ルナティックドーン』は、いまだに新作が出ない。

この差はいったい何なのだろう。

カルドセプトは10年休んでいた

前作『カルドセプト リボルト』が発売されたのは2016年。

そこから約10年。

2026年7月16日に『カルドセプト ビギンズ』が発売された。

長期間新作が出ていなかったシリーズなので、状況だけ見ればルナティックドーンと少し似ている。

熱心なファンは残っている。

新作を希望する声もある。

でも長い間シリーズは動いていない。

そういうIPだった。

ところがカルドセプトは、本当に帰ってきた。

しかも「とりあえず復活」ではなかった

ここが重要だと思う。

『カルドセプト ビギンズ』は、

「昔のファンが少し買ってくれればいい」

という規模の復活には見えなかった。

発売よりかなり前からプロモーションを展開し、動画企画や配信者を使った対戦企画も行っていた。

キャラクターデザインも現代的になった。

UIも作り直された。

ゲームシステムもシリーズの基本を残しながら、現在のプレイヤーが入りやすい形へ調整されている。

つまりメーカー側も、

「昔のカルドセプトをそのまま出す」のではなく、「2026年に売るカルドセプト」を作ろうとしていた

のだと思う。

これは休眠IPの復活方法としてかなり興味深い。

大宮ソフトが全部作ったわけでもない

さらに面白いのが開発体制だ。

カルドセプトといえば大宮ソフト。

ところが『カルドセプト ビギンズ』は、大宮ソフトが昔と同じように全部を自社開発したわけではない。

大宮ソフトはシリーズを監修。

実際の開発はグランディング。

販売・プロデュースにはネオス。

つまり、

昔のIPを持っている会社
+
現在ゲームを作れる開発会社
+
販売や宣伝を担当する会社

という形で復活させている。

これ、結構重要じゃないだろうか。

「昔のスタッフがもういないから続編は作れません」

「今の会社規模では無理です」

という問題は、必ずしもシリーズ終了の理由にはならない。

作品の核を知っている人間が監修して、実制作を現在の開発会社へ任せる方法がある。

カルドセプトはそれを実際にやった。

それならルナティックドーンだって……

ここでどうしてもルナティックドーンを思い出す。

ルナドンも、復活してほしいゲームの話になるとかなり頻繁に名前が出るシリーズだ。

完全な一本道RPGではなく、

冒険する。

仕事をする。

悪人になる。

善人になる。

仲間を作る。

結婚する。

歳を取る。

好き勝手に生きる。

今風に言えば、オープンワールド、サンドボックス、人生シミュレーション的な要素を昔から持っていた。

むしろ現在のゲーム市場の方が、ルナドンの思想を理解しやすいのではないかと思う。

それなのに新作は出ない。

アートディンクに技術力がないわけではない

これもカルドセプト以上に不思議なところだ。

ルナティックドーンを作ったアートディンクは今も健在。

しかも、

『トライアングルストラテジー』

HD-2D版『ドラゴンクエストIII』

『ドラゴンクエストI&II』

などの開発を担当している。

つまり、

「今のアートディンクには大規模RPGを作る能力がない」

とは到底言えない。

むしろ技術力は十分ある。

自社タイトルでも『A列車で行こう』シリーズは現在まで継続している。

さらに近年は「ARTDINK GAME LOG」で『太陽のしっぽ』『アクアノートの休日』など、昔の自社IPまで掘り起こし始めた。

そこまでやっている。

なのにルナドンは出ない。

たぶん最大の問題は採算なのだろう

カルドセプトとルナドンを比べて、一番違うのはここなのかもしれない。

カルドセプトはシリーズ累計100万本を超えるIPで、カードゲームという分かりやすい核もある。

さらにネオスなど外部企業が、

「今もう一度カルドセプトを売れる」

と判断した。

その結果、開発会社を組み直し、プロモーションまで含めて本気の再始動になった。

ルナティックドーンはどうだろう。

新作を希望する人はかなりいる。

私も欲しい。

でも、

「発売したら本当に何万人が定価で買うのか」

となると急に分からなくなる。

アートディンクには大型受託案件もある。

ドラクエを作っていれば、契約に基づく売上が期待できる。

その人員を数年間ルナティックドーン完全新作へ投入して、本当にそれ以上の利益が出るのか。

会社として考えれば、当然そこを見る。

だからルナドンは、

作れないゲームではなく、企画として採算の証明が難しいゲーム

なのかもしれない。

でもカルドセプトは、その壁を越えた

ここが希望でもある。

カルドセプトだって10年間新作がなかった。

それでも、

「今の市場向けに作り直せば成立する」

と判断した企業が現れた。

開発体制を再構築した。

デザインも変えた。

UIも作り直した。

プロモーションにも力を入れた。

そして本当に新作を発売した。

つまり、

長期間止まっていたIPだから復活できない

わけではない。

必要なのは、

「誰が作るか」

「誰が金を出すか」

「現在の客にどう売るか」

を組み直すことなのだろう。

初代カルドセプトより「セカンド」が懐かしい人も多いのでは?

個人的に少し気になるところもある。

今回の『ビギンズ』はタイトルからして原点回帰色が強い。

同時期には初代カルドセプトを復刻する『カルドセプト ザ ファースト』も展開された。

シリーズ再始動の最初として「原点」に戻るのは理解できる。

でも、ある年代のプレイヤーにとって、

カルドセプトといえば『カルドセプト セカンド』、特にPS2の『セカンド エキスパンション』

という人もかなりいるのではないだろうか。

私もいまだにPS2版を持っている。

初代から遊んでいた人だけではなく、PS2時代にカルドセプトへ入った人もかなり多かったはずだ。

今後シリーズが続くなら、セカンド時代のカードやマップ、雰囲気をどう拾っていくのかも気になる。

それだけでも、

「昔のIPを復活させる」とは単なるリメイクではなく、

どの世代の記憶を復活させるのか

という問題なのだと思う。

ルナドンも「昔のまま」ではダメなのだろう

だからもしルナティックドーンが復活するとしても、

昔の画面を高解像度にして終わり、

では弱いと思う。

カルドセプト ビギンズのように、

ルナドンの核――

自由に生きる
世界が勝手に動く
自分の行動によって人生が変わる

という部分は残す。

その上で、

UIを現代化する。

NPCをもっと賢くする。

人物関係を増やす。

経済や勢力を動かす。

世代交代を深くする。

ランダムイベントを増やす。

SteamやSwitchで遊びやすくする。

つまり、

2026年のルナティックドーン

を作る必要がある。

それなら昔のファンだけでなく、RimWorldやKenshi、Crusader Kings、各種サンドボックスゲームを遊んでいる現在のユーザーにも届くかもしれない。

カルドセプトができたなら、ルナドンにも可能性はある

カルドセプトの復活を見ていると、

「古いIPだから無理」

という言葉は少し説得力を失う。

大宮ソフトのような小さな会社が関わるIPでも、

別会社と組み、

現代向けに再設計し、

本気で宣伝し、

新作として復活させることができた。

一方のアートディンクには、

現在もゲームを作れる人材も、

大型タイトルを手掛けられる技術も、

自社IPを再発掘する仕組みもある。

だからルナティックドーンについては、

「もう作れない」

ではなく、

「まだ作る決断をしていない」

の方が近いのではないだろうか。

カルドセプトは10年ぶりに帰ってきた。

アクアノートの休日まで帰ってきた。

だったら、

ルナティックドーンが帰ってくる世界線だって、別にそれほど荒唐無稽ではない。

問題はただ一つ。

アートディンクに「これは金になる」と思わせられるだけの数字があるかどうか。

そこなのかもしれない。

ルナティックドーンの新作はなぜ出ない?――ドラクエまで作れるアートディンクが「作らない」理由を考える

 


『ルナティックドーン』の新作が欲しい。

これは別に私だけが言っている話でもなく、「続編が出たら買うゲーム」「復活してほしいゲーム」といった話題になると、かなりの確率で名前が挙がるシリーズだ。

自由に冒険する。

善人になるのも悪人になるのも自由。

仲間を作る。

依頼をこなす。

犯罪者になる。

結婚する。

歳を取る。

自分だけの人生を送る。

今で言えばオープンワールドやサンドボックスRPGに近い考え方を、アートディンクはかなり昔からやっていた。

そして2026年現在も、アートディンクの公式サイトには『ルナティックドーン』が自社シリーズとして掲載されている。

「シナリオに束縛されずに思うがままに生き、世界を動かす。『自由な冒険』がテーマのRPG」

と、公式自身が説明している。

旧作についても『ルナティックドーン 前途への道標』などはアートディンクの公式ダウンロード販売で購入できる。つまり権利がどこかへ行ってしまったシリーズというわけでもなさそうだ。

それなのに、新作が出ない。

なぜなのか。

アートディンクに「作る技術がない」は絶対に違う

最初に思ったのが、

「もう昔のスタッフもいないし、ルナドンみたいなゲームを作れる会社じゃなくなったのでは?」

ということだった。

ところが現在のアートディンクの開発実績を見ると、そんな心配は完全に吹き飛ぶ。

アートディンクは、

『トライアングルストラテジー』

の開発を担当している。

さらに、

HD-2D版『ドラゴンクエストIII そして伝説へ…』

も開発担当。

公式の受託開発実績には、ほかにもスクウェア・エニックスやバンダイナムコなど大手各社のタイトルが並んでいる。

つまり、

ルナティックドーンを作れない会社になった

という話ではない。

むしろ、

ドラクエを任せられるほどゲーム開発能力のある会社が、ルナティックドーンを作っていない

のである。

ルナドン好きとしては、

「ドラクエ作れるならルナドン作ってくれよ!」

と言いたくなる。

A列車は今でもバリバリ現役

さらにアートディンクは、自社IPを全部放置しているわけでもない。

『A列車で行こう』シリーズは現在も完全に現役だ。

2025年には『A列車で行こう はじまる観光計画 Nintendo Switch 2 Edition』、2026年6月には『A列車で行こう9 Evolution』まで発売している。

だから、

「今は受託専門になったので自社ゲームなんて作りません」

という会社でもない。

売れる自社IPには今もきっちり投資している。

ここまで来ると、ルナティックドーンが止まっている理由はだいぶ絞られてくる気がする。

おそらく問題は「作れるか」ではなく「ペイするか」

ルナティックドーンって、見た目だけならそんなに制作費がかかりそうなゲームには見えない。

派手なムービーを何時間も作る必要もない。

超美麗なキャラクターを大量に用意する必要もない。

ところがゲームシステムを考えると、かなり厄介だ。

普通のRPGなら、

ストーリーA
↓
イベントB
↓
ボスC

という一本道を作れる。

でもルナドンではプレイヤーがその道を歩いてくれる保証がない。

町へ行く。

依頼を受ける。

依頼を無視する。

泥棒をする。

仲間を裏切る。

別の町へ行く。

結婚する。

そのまま何十年も生きる。

場合によっては悪人になる。

つまり、プレイヤーが好き勝手なことをしてもゲーム世界が破綻しない仕組みを作らなければならない。

NPC、町、依頼、人間関係、評判、犯罪、経済、仲間、成長、老化、世代交代。

こういうシステム同士が絡み合う。

ルナドンの本体はグラフィックではない。

世界シミュレーションそのものがゲームなのである。

これを現代基準で作り直し、UIも現代化し、膨大な行動パターンをデバッグする。

思ったよりかなり大変そうだ。

しかも、どれだけ売れるか分からない

ここが最大の問題なんじゃないだろうか。

ルナティックドーンは今でもファンの声が強い。

「新作が出たら買う」

という人もかなりいる。

ところが、

声が大きいことと、10万本売れることは別の話だ。

昔遊んでいた人がネット掲示板で、

「ルナドン復活しないかなあ」

と書く。

それは需要ではある。

でも実際に新作が8,000円で発売された時、その人全員が買うとは限らない。

一方、アートディンクには受託開発という仕事がある。

スクウェア・エニックスから、

「ドラクエを作ってください」

と言われる。

契約条件にもよるだろうが、自社で完全新作を一本賭けで作るより、受託の方が売上を予測しやすいのは想像できる。

つまり経営者からすると、

ルナティックドーン新作にスタッフを数年間投入する

のと、

大手メーカーから受注した大型作品を開発する

のを比較しなければならない。

ルナドンファンには悲しい話だが、会社経営として考えると、

「本当にルナドンの方が儲かるの?」

となる。

A列車との違いもそこなのでは?

『A列車で行こう』が現在まで続いている理由も、おそらくここにある。

A列車には、

新作が出れば買う固定客

がいる。

鉄道ゲームというジャンル自体に明確な需要があり、シリーズとして何十年も販売実績を積み上げている。

アートディンク側も、

「このくらいの製品を出せば、このくらいの客が買ってくれる」

という予測を立てやすいはずだ。

対してルナティックドーンは、長期間新作が出ていない。

昔のファンは多い。

でも現在の市場規模は分からない。

つまり、

人気がないから作らないというより、売上予測が難しすぎるから作りにくい

のではないだろうか。

ところが最近、ちょっと状況が変わってきた

ここで面白いニュースがある。

アートディンクは2025年から、

「ARTDINK GAME LOG」

というプロジェクトを始めている。

これは昔アートディンクが作ったゲームを、SwitchやSteam向けに復刻する企画だ。公式自身が「過去の名作タイトルを現在の技術・プラットフォームで蘇らせるプロジェクト」と説明している。

第一弾が、

『太陽のしっぽ』

そして2026年には、

『アクアノートの休日』

まで復活した。

いや待ってくれ。

太陽のしっぽを復活させるの?

アクアノートも?

じゃあ……

ルナティックドーンもやってくれよ!!

と思うのは私だけではないだろう。

しかもARTDINK GAME LOGの公式ページを見ると、2026年8月現在、タイトル一覧には**「Coming Soon」**の未発表枠まで残っている。

もちろん、それがルナティックドーンだという情報は一切ない。

でも少なくとも、

アートディンクは昔の自社IPを掘り起こすこと自体を始めている。

ここは数年前とはかなり状況が違う。

まず旧作復刻で市場調査する手もある

いきなり数億円かけて完全新作ルナティックドーンを作らなくてもいい。

例えばARTDINK GAME LOGで、

『ルナティックドーン 前途への道標』

あたりをSwitch・Steam向けに遊びやすく移植する。

価格は2,000~4,000円程度。

それが予想以上に売れたら、

「まだルナドンいけるじゃん」

という数字が出る。

そうなれば完全新作を企画する材料にもなる。

これはアートディンクにとっても、かなりリスクの小さい市場調査になると思う。

昔のPCゲームを現在のWindowsで無理矢理動かすより、Switchで寝転がりながらルナドンを遊びたい人は私を含めて結構いるんじゃないだろうか。

今ならむしろルナドン型ゲームは時代に合っている

皮肉なことに、ルナティックドーンがやろうとしていたことは、今のゲーム市場ではむしろ珍しくない。

オープンワールド。

サンドボックス。

ローグライト。

プロシージャル生成。

NPCシミュレーション。

プレイヤーが自分で物語を作るゲーム。

この辺の考え方は、現在のインディーゲームでは非常に人気がある。

つまりルナドンは、

時代遅れになったゲームというより、時代が一周して追いついてきたゲーム

とも言える。

グラフィックをAAA級にする必要はない。

むしろ2Dや軽い3Dでいいから、NPCや社会システムを徹底的に作り込む。

そんなルナティックドーンなら、Steamのインディーゲーム市場とも相性が良さそうに思える。

結論――アートディンクはルナドンを作れないんじゃない、たぶん作らない

調べれば調べるほど、

「アートディンクにルナティックドーンを作る能力がない」

という結論にはならなかった。

むしろ逆だ。

ドラクエIIIのHD-2Dリメイクを開発できる。
トライアングルストラテジーを作れる。
A列車を現在も育てている。
昔の自社ゲームまで復刻し始めた。

技術も会社も生きている。

ルナティックドーンの権利も公式シリーズとして残っている。

となると、おそらく最大の問題は、

「作ったら本当に開発費を回収できるのか?」

なのだと思う。

ファンとしては、

「絶対買うから作れ!」

と言いたい。

会社としては、

「その『絶対買う』って言ってる人、何万人いるんですか?」

と聞きたい。

たぶん、このすれ違いが20年以上続いている。

でもARTDINK GAME LOGが始まった今なら、少なくとも昔より可能性はある。

『太陽のしっぽ』が帰ってきた。

『アクアノートの休日』も帰ってきた。

だったら次は――

そろそろルナティックドーン、どうですか。アートディンクさん。

戯画は今どうなっている?――『パルフェ』の販売終了から見えてきたエンターグラムという会社

 


昔のエロゲを久しぶりに遊んでみようと思った。

『YU-NO』『Fate』『群青の空を越えて』『Kanon』『AIR』。そして戯画の名作『パルフェ ~ショコラ second brew~』。

ところが調べてみると、ちょっと妙なことに気がついた。

あれ? 戯画ってなくなったんだっけ?
じゃあ『パルフェ』の権利って今どうなってるの?

気になったので調べてみたら、単なる「昔のエロゲブランドが潰れました」という話ではなかった。

戯画は2023年に約30年の歴史を終えた

美少女ゲームブランド「戯画」は、2023年3月31日をもって開発・販売・サポートを終了した。

『V.G.~ヴァリアブル・ジオ~』『BALDR FORCE』『BALDR SKY』『パルフェ ~ショコラ second brew~』『この青空に約束を―』など、90年代から2000年代の美少女ゲームを知っている人間なら、一度くらい名前を聞いた作品を何本も送り出してきたブランドだった。

ブランド終了と聞けば、

「会社がなくなったのかな」

と思ってしまう。

ところが、ここが少し違う。

戯画ブランドの終了を発表したのは株式会社エンターグラムだった。

エンターグラムは今も普通にゲームを作っている

エンターグラムは現在も存在するゲーム会社で、公式にはゲームソフトの企画・開発・販売を事業としている。2026年現在も新作やダウンロードタイトルを継続的に展開している。

つまり、

戯画というブランドは終了した。
でも、その後ろにいたエンターグラムまで消えたわけではない。

ここを私は完全に勘違いしていた。

しかも現在のエンターグラムを見ると、「昔のエロゲ資産を細々と管理しているだけの会社」という感じでもない。

むしろ新しい美少女ゲームIPをかなり積極的に育てている。

代表例が『制服カノジョ』だ。

『制服カノジョ』はすでに3作目

2024年に始まった『制服カノジョ』シリーズは展開を続け、2026年9月10日には『制服カノジョ3』が発売予定となっている。

しかも商品構成がなかなか強気だ。

通常版8,778円、DL版8,360円に加えて、19,800円のキャラクター別BOX、さらに**30,800円の「デキ愛BOX」**まで用意されている。1・2・3をまとめた26,378円のセット商品まである。

さらに関連イベントも展開しており、『制服カノジョ3』の豪華版にはイベントの先行抽選申込券まで付けている。

この売り方を見て、少し印象が変わった。

今の美少女ゲーム市場で生き残るには、昔のようにPCゲームを一本売って終わりでは厳しい。

そこで、

ゲームを売る
→ キャラクターを育てる
→ 豪華版を売る
→ グッズを展開する
→ イベントにつなげる
→ 次回作を出す

という形で、一人のファンから得られる売上を大きくしていく。

客が100万人いなくてもいい。

濃いファンが一定数いて、その人たちが1万円、2万円、3万円の商品を買ってくれれば、小規模な会社でもIPを回していける。

少なくとも『制服カノジョ』を3作目まで展開し、高価格帯の商品やイベントまで用意している現状を見る限り、エンターグラムはこの商売の仕方をかなり意識しているように見える。

それなら、なぜ『パルフェ』をもっと売らないのか?

ここで疑問が出てくる。

『パルフェ』なんて、今でも名前を知っている人がかなりいる作品だ。

しかも2021年には『パルフェリメイク』まで制作された。

だったら、

「戯画を終了しても、名作だけずっと売ればいいじゃん」

と思う。

ところがエンターグラムは、2025年9月30日をもって『パルフェリメイク』のPS4・Nintendo Switch版を含む多数のタイトルの販売を終了している。

販売終了の直前、2025年夏には『パルフェリメイク』をセール対象として1,474円で販売していたことも公式サイトに残っている。

つまり、

売れなくなって自然消滅したわけではなく、エンターグラム側が明確に販売終了日を設定している。

なぜ終了したのか。

少なくとも今回確認した公式発表には、個々の作品について詳しい理由までは書かれていない。

ここから先は推測になる。

ゲーム一本には、ブランド名、シナリオ、原画、音楽、キャラクター、移植版など、さまざまな権利や契約が絡む。

「昔のゲームだから、今持っている会社が好きなだけ永久に売れる」

とは限らない。

だから『パルフェ』級のタイトルでも販売が止まることはあり得る。

戯画の版権は誰が持っているのか?

これが一番気になるところだった。

「戯画がなくなったなら、誰かが作品をまとめて買えばいいのでは?」

私も最初はそう思った。

けれど、現時点で**「戯画の全IPを別の会社がまとめて買収しました」という公表された動きは確認できない**。

一方、戯画終了そのものはエンターグラムから発表されており、終了後もエンターグラムが旧戯画作品のコンシューマ版を販売していた。

だから少なくとも、

戯画終了 → 権利が全部宙に浮いた

という単純な話ではなさそうだ。

むしろ作品ごとに権利・契約関係が違い、再販できるもの、できないもの、一定期間だけ販売できるものなどが存在する可能性を考えた方が自然に見える。

もったいなくないか?

『パルフェ』だけではない。

『BALDR SKY』
『この青空に約束を―』
『ショコラ』
『さかあがりハリケーン』……

戯画には、今でも名前だけで反応する世代がいる。

しかも昔と違って、Steamをはじめとするダウンロード販売が一般化した。

物理パッケージを大量生産して全国のショップへ流通させなくても、旧作を販売できる時代だ。

だからこそ、

「こんな有名IPが眠っているのはもったいなくないか?」

と思ってしまう。

もっとも、外から見て「売れば儲かりそう」と思うことと、実際に権利を整理して商品化できることは別問題なのだろう。

それでも、昔遊んだ人間としては惜しい。

戯画は死んだ。でも、その系譜は意外と元気だった

今回調べてみて、一番意外だったのはここだった。

私は、

「戯画終了=この辺の会社もみんな虫の息」

くらいに思っていた。

実際にはエンターグラムは2026年現在も新作を発表し、ダウンロードセールを行い、イベントを企画し、新しいシリーズを育てている。

『制服カノジョ3』では3万円を超える豪華版まで売る。

これはある意味、昔のエロゲ会社とはかなり違う商売だ。

「PC用18禁ゲームを一本作って売る」のではなく、美少女ゲームのIPそのものを商売にする会社へ変化しているように見える。

だから戯画はなくなった。

けれど、その先にある会社まで衰退して消えたわけではなかった。

むしろ市場が縮小したからこそ、売り方を変えて生き残っている。

そう考えると、エンターグラムという会社はなかなか面白い。

そして私は『パルフェ』を放置している

ここまで長々調べておいて何なのだが、私は現在『パルフェ』をプレイ途中で放置している。

『YU-NO』も。
『Fate』も。
『群青の空を越えて』も。
『Kanon』も。
『AIR』も。

全然進んでいない。

ゲームをプレイするより、

「この会社いまどうなってるんだ?」

を調べている方が先に進んでしまった。

昔からこういうところは変わらない。

そのうち『パルフェ』そのものの感想も書こうと思う。

たぶん。

いつになるかは知らない。

2026年8月14日金曜日

10年ぶりに漫画レビューを書く。「レジスタ!」はなぜ読ませるのか

 


気がつけば、このブログをまともに更新するのもずいぶん久しぶりになってしまった。

昔は漫画だのゲームだのについて散々書いていたのだが、最近では漫画を読むこと自体が正直ちょっと面倒になっている。

そんな状態で、書店でかなりプッシュされていたので手に取ったのが藤丸先生の「レジスタ!」だった。

最初に断っておくと、設定そのものはかなり分かりやすい。

主人公は36歳の男性作詞家。過去の恋愛で傷ついた経験から、もう恋愛なんてしたくないと思っている。

ヒロインはスーパーでレジ打ちをしている女子高生。

しかもかわいくて爆乳。

身も蓋もない言い方をすれば、男の願望をそのまま形にしたような設定である。

ところが、読んでみると意外なほど先が気になる。

「恋をすると日常がちょっと変わる」の描写がうまい

物語の始まりは、主人公がいつも利用しているスーパー。

そこでレジの女の子が男に絡まれているところを主人公が助ける。

改めて彼女を見れば、ものすごく好みのタイプだった。

もう恋愛なんてする歳でもない。

今さら何をやっているんだ。

そう思いながらも、気になってしまう。

そして20歳くらいかと思っていたら、女子高生だった。

ここから主人公の日常が少しずつ変わっていく。

いつも行くスーパーのレジにかわいい女の子がいる。

なんとなく気になってしまう。

その子のいるレジへ並んでしまう。

自然に話すきっかけはないかと考える。

仕事帰りにスーパーへ寄ることが、少し楽しみになる。

今まではサンダルにジャージ、髪もぼさぼさのまま買い物に行っていたのに、急に身だしなみが気になってくる。

「スーパーに行くだけなのに俺は何をやっているんだ」

自分でもそう思いながら、それでも少し格好を整えて出掛けてしまう。

そして、せっかく行ったのに彼女がいないとちょっとがっかりする。

こういうところが、この漫画は実にうまい。

ものすごい事件が起きているわけではない。

恋をした人間の日常が、ほんの少しだけ変わっていく。

その「あるある」の積み重ねで読ませてしまうのである。

ラブコメで大切なのは「出会い」と「もしかして?」

ラブコメというものは、まず主人公がヒロインに惹かれる瞬間が大切だと思っている。

古い例で恐縮だが、「天空の城ラピュタ」では女の子が空から降ってくるし、「ウイングマン」でも突然かわいい女の子が主人公の前に現れる。

現実ではそんな都合のいいことはまず起こらない。

だからこそ漫画では、それを思い切りやればいい。

ボーイ・ミーツ・ガールの瞬間で読者をつかめなければ、その先まで読んでもらえない。

「レジスタ!」では、いつものスーパーという非常に日常的な場所に、その仕掛けを持ち込んでいる。

そしてもう一つ、ラブコメで読者が食いつく瞬間がある。

「あれ……もしかして向こうも主人公のことを気にしてる?」

と思わせる瞬間だ。

主人公がヒロインを知りたいのは当たり前である。

好きなのだから。

面白くなるのは、その逆が見えた時だ。

「タッチ」でも、最初は南は和也と仲が良く、達也のことなど相手にしていないように見える。

ところが読んでいるうちに、

「あれ? 南ってもしかして達也のこと……」

となる。

すると先を読みたくなる。

「レジスタ!」もこの辺りがうまい。

ヒロインは最初から主人公に惚れているわけではない。

ナンパされていたところを助けてもらった相手として、主人公の顔を覚えている。

そして、

「ちゃんとお礼を言いたい」
「でも今さら話しかけたら変かな」
「いや、お礼を言わない方が人として失礼では?」

と、彼女は彼女で悩んでいる。

主人公は恋愛感情から彼女を気にする。

ヒロインは礼儀や誠実さから主人公を気にする。

理由は違うのに、お互いがお互いを意識し始める。

この距離感がいい。

見た目は男の妄想。でも中身は意外と真面目

ヒロインのデザインは、かなり分かりやすい。

かわいい女子高生で爆乳。

男性向け漫画としては実に正直である。

ところが性格まで主人公に都合よく作られているわけではない。

イケメンから告白されても、自分が好きではないからと断る。

将来についても彼女なりに考え、悩んでいる。

恋愛経験も豊富ではなく、恋愛とはどうすればいいのか本人にもよく分からない。

対する主人公は、恋愛を経験した結果、もう恋愛なんてしたくないと思っている。

「恋愛をしたくない男」と「恋愛の仕方が分からない女の子」。

この二人が、いろいろな出来事を経て少しずつ距離を縮めていく。

まあ、ここまで来ると今後の展開はある程度想像できる。

それはラブコメの宿命でもある。

むしろ重要なのは、その予想できる道筋をどれだけ楽しく読ませるかだと思う。

一般誌初連載とは思えない安定感

作者の藤丸先生は、成人向け漫画などで長く活動してきた漫画家で、「レジスタ!」が一般誌での初連載になるという。

新人が突然出てきた作品というより、長年漫画を描いてきた人が一般誌へ出てきた作品、と考えた方が近い。

そのせいなのか、1巻はかなり手堅く作られている。

奇抜な世界観があるわけでもない。

異世界へ飛ばされるわけでもない。

世界を救うわけでもない。

仕事帰りにスーパーへ行って、レジの女の子が気になる。

たったそれだけの話を、ちゃんと次のページへ読ませる。

これは簡単そうでなかなかできない。

書店でかなり平積みされていたし、サンデーうぇぶりでも積極的に展開されている。

出版社側もかなり力を入れている作品なのだろう。

実際、1巻を読めば「これはプッシュしたくなるな」というのは分かる。

最近は漫画を読むことそのものが少々面倒になっていた自分でも、1巻はそれなりの勢いで最後まで読んでしまった。

少なくとも「次を読ませる力」はある漫画だった。

……もっとも、2巻まで読むと少し印象が変わってくる。

その話は長くなりそうなので、また別の記事にしようと思う。